貧乏になるかも知れないと思ったとき、頑張れるよきっと、とも思いました。
もともと主人が日本に戻って来た時(主人はその時点で結婚する気だった)、手持ち金1000ドル。
その1000ドルをあちらのお父様が貸してくださったそうで。
まだアル中克服中でもあったからか無くさないようにと、ベルトの中にお金を入れてくださってて・・・
日本で換金する時にどれだけ疑われたことか・・・
くちゃくちゃの100ドル札10枚でしたぁ。
私は実家暮らしで添乗員をしていたなぁ~。
でも、そんなボロボロの主人だったけど、私はこの人はこれで終わらないと予感してたんですねー。
戻って来たのは私と一旦別れて10年くらいたっていたけど、その前の主人は、かなり人気のコピーライターだったんです。
メインクライアントも大手ばかり。
まあ、とにかく一からのスタートで、私は本数を減らしてもらって添乗に出て、彼は月曜日のジャパンタイムスで職を探し何でもやるつもりで頑張りました。
英会話の先生でもなんでも・・・
実際ふたりでビラを作って近くのうちのポストに入れたりしたこともあったなぁ~。
お肉はもっぱらスーパーの朝のセールで一番安いチキンだの買ってたし。
まあ、ウィークリーマンションから外人ハウス(ボロ家に何人も同居するところ)に移り、神楽坂のマンションに引っ越して・・・。
電気も買えないから、一つの電気(天井からつるすやつ)をいく部屋に持って行ってつけたりはずしたり。
ろうそくと一枚の布団。
小さなガラスのテーブルひとつ。
食事も床に座って食べたりした時代もあったし。

でも、私、あの時も幸せだったなぁ~
お医者さんに行くお金さえないこともあったのに。
もちろん、いざとなれば実家にお願いも出来たけど、良い年したおじさんと結婚して、お金もないのかぁ~と心配されたくもなかったし。

今はあのときの若さとパワーがないけど、いざとなれば、愛車を手放したってマンション(借金も残ってるけど)も手放したっていいよね。
すくなくとも、この責任のストレスからは解放されるかもしれないし。

いや、まだそうなると決まってないけど、覚悟はしておこうかな、なんて思う今日この頃です。
ちょっと暗い話みたいだけど、貧乏時代も二人でいればなんとか出来たし、また何かあっても一つ一つ山を乗り越えるしかないからね。
暗くないよねっ。ねっ。