まさかこんなに酷いことになると最初思わなかった。
地震が来て直ぐは倒壊した家などほとんど無かったので
日本の建築技術は凄いんだ!と思った。
地震の本当の怖さはその後なのにね。
あの日は現地の状況よりも、夫が無事に帰ってこれるのか
それだけが心配で、交通情報のことしか目がいかなかった。
夫も無事帰宅。ほっとした。
時間が経つにつれ、テレビで津波の映像が流れるようになって
被害の大きさが明るみになってきた。
日々増えていく犠牲者、不明者。
原発の非常事態。
現状が気になって、ずっとテレビを見ていたけど
知れば知るほど、どんどんどんどん気持ちが沈んだ。
不安で怖くて、悲しくて、自分の感情がマイナスにしか
向かなくなった。
あの日の午前中は、友達と血液型の話をしたり
赤ちゃんの為に小物を手作りしたいから、布を買いたいけど
どこで買ったら良いかな、とかそんなメールをしていた。
月曜、そんなのんきなこと言っている場合じゃなくなったね。
と、メールをしたけれど、自分の気持ちの沈み具合に怖くなった。
自分の精神を保たなければと思い始める。
夫もテレビを見ると不安になるらしく、いつもどおりネットゲームをしていた。
節電とは言っても、夫がそれで安心するなら
他で節電すれば良いと思い、ホットカーペットを切った。
不安になるテレビも消した。
ケーブルではいつもどおりの番組が放送されていたが
見る気分にはなれなかった。
朝になるとなんとかなりそう!と思うのに
日が暮れると、一人になるとさらに不安になった。
外に出ることも無く、一日中家にいるのも良くないと思う。
友達にも、怖い、不安だ、悲しくなるということと
そして、自分の気持ちを落ち着けるために
こんな時だからこそ、あえて赤ちゃんの為に小物を
作ろうかなって思ったとメールをした。
すると
「何かに取り組むのは良いと思うよ
沢山出来たら寄付しようとか考えれば前向きに
なれそうだね。」
というような返信を貰った。
そして、はっとした。
私は自分のことしか考えてない、と。
被災した人のことを思うと、悲しくなるのに
心を痛めている自分に酔っているつもりなどないけど
結局自分はなにもしていない。思うだけ。
裁縫は自分が落ち着きたいから、するだけ。
寄付しようなんて考えはなかった。
私のこの感情はなんなんだろう?
悲しいと感じているのは偽善?
本当に悲しく思うなら今出来ること(寄付)をしなくては
悲しむことさえ偽善になるのかな。
私は働いているわけではないので、お金に余裕が無い。
でも、お金に余裕が無いって?
出来る範囲ってなんだろう?
色々考えてしまった。
今、最低限の衣食住があるなら、それ以外のお金は余裕のあるお金?
例えば貯金、遊びに行くお金、外食や趣味に使うお金があれば
それは今この状況では贅沢なことで、寄付するのが正しく、善なのか。
多分そんな人はあまりいないと思う。
こんなことを考えるのも結局はなにもしない
自分を正当化したいから。
結局は自分のことばっかり。
私が悲しんだって、気持ちが沈んだって
なんにもならないのに。
私の気持ちを話すと、夫が小額ながら募金してくれた。
少し気持ちが晴れた。
情緒不安定なのもあるのかもしれないけれど
不安だ、悲しい、怖いと嘆いてばかりではいられないな。