「黒子のバスケ」作者やイベントに対する嫌がらせ、脅迫が、これまでずいぶんとマスコミで取り上げられていましたが、結局 犯人は逮捕され、公判が始まったそうです。

メディアは、彼の発言を引用し、「自分勝手な犯罪で反省がみられない」だ という論調でした。

彼の発言は、「自分が負け組で、作者が自分が持っていないものをすべて持っている勝ち組だったから、犯行に及んだ」「処罰を受けるのは当然だと思う。後悔はしていない」みたいなことを言っていたそうです。

ねたみ、やっかみ、が自己増殖して、ここまで大胆で あからさまな行動を起こしてしまった、というだけですね。

ねたみ、やっかみ、が原因で 他人を傷つける違法行為をする、ということは、太古からあったはず。 なにをいまさら、自分勝手な行為、といってことさら、新しい犯罪 のような言い方をするのかな、と思いました。

彼の場合、単なる、落胆や失望による衝動的な行為でなく、絶望感からくる自傷行為の裏腹 のような印象です。 

その絶望感も、社会の中で、自分で仕事としてやりたかったことがうまくいかず、成人男性として社会的に欲しいものを何も得ることができず、取り残され、行き場を失った喪失感を伴うものの感じです。

このような喪失感を乗り越えられればよかったのに。 でも、どうやったら乗り越えられるのでしょう? そもそもそのような喪失感を乗り越えられるだけの教育・トレーニング・サポートなど、今の日本で 幼少のころから受けられる機会が、はたしてあるのでしょうか?  

ねたみ、やっかみ、といった人間のネガティブな心のパワーを封印するのでなく、受け止めて流せるような、力、絶望や喪失から立ち直れる力。 どのように子供たちに育んでもらうのか、教育の問題として考えるネタではないかと思ったのです。

そのような力を育てるシステムがなくなってきているなか、ただ、今回のような事象を「自分勝手な犯罪」として、レッテルだけはって、類型化できるようにして、整理しちゃう という簡単な話ではないと思います。