海外に住む友人で、都知事選挙で、候補者の討論会が行われないことに、ひどく憤慨されている方がいます。このような討論会は、候補者の意見を直に聞けるいい機会で、欧米では、普通に 行われる選挙活動の一環です。
これをきっかけに、日本で討論会って、どれだけ、有益なんだろ、と考えだしたら、ぐるぐるいろんなことを考えちゃって 止まらなくなりました。
そもそも、日本では、選挙って、投票率が40%にも満たないわけで、選挙としての 機能を果たしていないのでは。
選挙活動が、いまだに、街頭演説と宣伝カーと、タスキと、白手袋 ってのは、どれだけ、候補者の政策を理解し、実行できるキャパを持つ人だ、と判断する材料になるの?
そもそも討論会で、具体的な議論ができるくらい、候補者はスキルがあるのか?
討論会が話されることを マスコミがどうまとめて取り上げるのか、というところに、かなり信用度がすでにない感じがする。。。
原発問題、とか、オリンピックとか、キーワードに頼りすぎて、候補者の主張ポイントの核心が、みえない、というところに 不安感を感じるので。
政策の実行における実行力とか、実現力について、立候補者のどこを見て判断するのだろうか?
そもそも、庶民は、飲み屋や世間話で、政治の話をしないのですが、(政治家の女性問題とかはするけど)それって、政治に対する無関心感、というか、「じぶんとはちがう世界」感の表れ ではないか、と思ったり。
ああ、とめどないので、やめますけど、
もやもや しています。。。
これをきっかけに、日本で討論会って、どれだけ、有益なんだろ、と考えだしたら、ぐるぐるいろんなことを考えちゃって 止まらなくなりました。
そもそも、日本では、選挙って、投票率が40%にも満たないわけで、選挙としての 機能を果たしていないのでは。
選挙活動が、いまだに、街頭演説と宣伝カーと、タスキと、白手袋 ってのは、どれだけ、候補者の政策を理解し、実行できるキャパを持つ人だ、と判断する材料になるの?
そもそも討論会で、具体的な議論ができるくらい、候補者はスキルがあるのか?
討論会が話されることを マスコミがどうまとめて取り上げるのか、というところに、かなり信用度がすでにない感じがする。。。
原発問題、とか、オリンピックとか、キーワードに頼りすぎて、候補者の主張ポイントの核心が、みえない、というところに 不安感を感じるので。
政策の実行における実行力とか、実現力について、立候補者のどこを見て判断するのだろうか?
そもそも、庶民は、飲み屋や世間話で、政治の話をしないのですが、(政治家の女性問題とかはするけど)それって、政治に対する無関心感、というか、「じぶんとはちがう世界」感の表れ ではないか、と思ったり。
ああ、とめどないので、やめますけど、
もやもや しています。。。