自分が若かりしころ、交換留学でアメリカに行く機会がありました。
出発の前に友人たちに送別会みたいな感じであつまって色々と話していたなかで、
「アメリカとか外国に行っちゃうと、ナショナリズム(愛国主義?)強くなっちゃうから、気をつけろよ」
自分はそのとき、「大丈夫だよ」とそんなに重要な課題のように感じなくて 答えた記憶があります。

その時の時代性なのかな、「愛国」=帝国主義=ファシズム みたいな 雰囲気があったのか、ナショナリズム という言葉が、かなり忌み嫌われるような、まるで、感触がありました。

子供に毛が生えた程度の全く持って未熟で無知であった自分は、平和憲法を盲目的に信じて、アメリカにたてつくことなく安保条約で守ってもらい、左派がいうように自衛隊すらいらないのじゃないか、と思っていたようです。

私が住んだアメリカの地域では、アジア人も黒人も全体的に少なく、自分は、学校でも珍しいアジア人でした。中国人か日本人かなんて、あまり気にしなくてもいいんじゃない、みたいな気がして、ニーハオ、といわれても、ははは!と笑ってごまかしてたりして多様な記憶があります。

トヨタ、ホンダ、スズキ、ヤマハ、と日本製品がでまわり、その評価もいいので、知名度もあがっていました。そこに日本人として 誇らしい気持ちを感じていました。

当地の学校には、卒業後、軍隊に行く、あるいはリザーブとして軍隊訓練を受けて、奨学金を貰って、進学するという知り合いも多く、日本では考えられない自分の身の振り方としての選択肢についても色々と教えてもらいました。 軍人が周りにいることの、違和感のなさ。 国を守るということについての真摯な気持ち。

日本であのまま漫然と育っていたらこのような人がいること自体知らなかったかもしれません。

海外生活も長くなってしまいましたが、その間も、サッカーのワールドカップや オリンピックでの日本代表の成績、メジャーリーグのオールスターに選ばれる日本人選手、など、やっぱり気になります。

同じ日本人だから、っていう わかりやすぎる枠で応援する気持ちがでちゃうのも、お安いよなぁ、どうなんだろ、とふと立ち止まって考えることもありました。

でもその後移り住んだ欧州でも、自分の出身地や家族にゆかりのある土地の選手/チームを応援するのが普通のことのようです。。。  日本の高校野球と同じ思い入れですね。

だから、それでいいんだ、と受け入れることにしました。  日本応援してもいいじゃない。

ずっと昔、朝日新聞かどこかの新聞で、オリンピックのあいだ 日本の選手のことだけしか報道しないのは、オリンピックの精神に反するのでは,というコラムか読者投稿があって、ふーん、そんなものなのかな、と思っていたけど、この考え方のほうが、かえって不自然なんだ、と気がつきました。

日本に戻ってきてもう9年になりますけど、日本っていい国だよね! ってあからさまに平気でいうほど、日本の制度や風習に 共感すると言うか、迎合する っていうか、もろ手を開いて許容するというところまで 行っていません。(だからなんとなく気まずい思いをいつもしています)

でも、やっぱり、日本っていいところだよね、って外国人に言われるとうれしいし、 中韓の無理やりな論法による論争や抗議には、イライラを感じます。 

どこに行っても同じような郊外の醜悪な建築物は、本当に残念で仕方ない一方で、渋谷のカオス的な雰囲気は日本的な大都会の特徴として、かなり気に入っていますし、丸の内や日本橋あたりの江戸の雰囲気を感じさせる雰囲気も好きです。。。

昭和の時代の偏向的価値観の「愛国」は過去のものとなり、自分の身の丈の「愛国」という形ができてきて 今は自分の一部になっているのかな、と、慰安婦問題や、尖閣島問題のことを考えているうちに,思えてきました。