週末に元メジャーリーガー、元巨人の桑田さんが、体罰に関するコメントをしている画像が出ていて、つい見てしまいました。
相変わらず民放のバラエティ番組的な編集で、彼のメディアへの発信する機会(記者会見?)での一連のコメントを拾っているわけでなく、断片的で きめフレーズみたいなところだけしか使っていなかったので、本当に桑田さんの趣旨をきちんと組んでいるのかわかりませんけど。
TVで使われていたコメントは「アメリカにいたとき、時間が許す限り、リトルリーグから、大学野球チーム、ファームまで練習を見学して歩いたけど、体罰・暴言は一切なかった。そのような環境で育って、メジャーリーグは存在する」 「自分も小学生のときから、体罰を受けた。 体罰を受けたことで 能力が上がったとは一切考えられない」
このような言葉を聴いた橋下市長が、体罰容認派から、禁止派になった、ということでした。
目上という立場 = 尊敬 という 簡単すぎる図式(価値観)を押し付ける今までの教育が、体罰を助長する、という考えもあります。 コーチだから、先輩だから、と 選手がたてつけない立場にいる人たちの、権限の濫用ともいえます。
能力を伸ばすためには、選手が自主的に考えて、判断し、行動することが必要です。 選手のそれを伸ばすようなコーチになるべき、という趣旨のことも 桑田さんは おっしゃっていました。
自主性、というコンセプト自体、まだまだ日本人の関係でなじまないような、まったく新しい 価値観 なような気がします。
自分できめろよ、っていわれて、逆に困惑する人、まだまだ二本には多すぎます。
そして、勘違いヤローが、自分できめることが、自分勝手でいい、ととんでも解釈になってたりして、まわりがかなり とまどっちゃう、とか、日常でよくみかけるからです。
ふと、思い出したよ。
たとえば、遠足のおやつは300円まで、と いうルール設定に対し、「バナナはおやつですか?」 という質問。
そもそも おやつの金額を制限する、というルール設定もおかしな話です。 エスカレートしてたくさんもってもたせちゃう家庭があっても、べつにいいじゃないですか。 他のこどもが、うらやましいとおもうから、よくない、というのですか? それは親の体面を守るためだけの話であり、こどもは、がまんを覚えればいいんです。 うちとあっちの家族は違うんだ、って気持ちの整理をすることを覚えるのも、大切な教育だと思います。
自分のことは自分できめる、って、どこまでも、親の干渉と体面擁護で、こどもは 学ぶチャンスを失っているような日本です。。。