朝のNHK教育 Eテレ は 子供向けの教育番組が目白押しです。
なかでもすきなのは、日本語であそぼ。
(以前は、からだであそぼ、という番組もあったけど、タイトルが ちょっと 考えすぎたらまずいんじゃないと思った)
この番組で コニシキが 歌う みんな違ってみんないい という歌。 結構気に入っています
みんなと一緒でなきゃどうしていけないんだ、って 幼少のころから 思っていたから。
自我に目覚めたときから、他の人と私は、同じじゃないのに、どうして 同じようにしなさい、って強制されるんだろう。自分の意思で選べることは なぜこんなに小さいのか、と 悶々としていました。
そんな こじれた気持ちにすとんと入ってくる言葉でした。
しかも、同じようなコメントをある方のブログに見つけました。
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51801884.html
違い と 差 の 違い。。。
差 は同位質のものを比べたときにわかる 相対的なもの で
違い は 異質なものを比較したときの 差異、絶対的なもの
人間として、とか、日本人として、という枠で議論をしようとすると その中の差について目がいきがち、で それは相対的なものである。
でも、そもそも人間という存在が それぞれ 異質だとしたら 差異は 絶対的なものであるわけで、 そこには 嫉妬やねたみが生まれない。。。
羽がある鳥に、飛べたらいいな、とは思うけど、羽なんかなきゃいい、とは思わない、というくだりがあります。 鳥と人間 そもそも違うんだから 嫉妬はないわけで。
同じ人間同士、日本人同士、という 馴れ合いのような ステレオタイプ的な 同質なものだ、という前提があることを忘れてしまっていますけど、 それを打破して、もっと違う個性・能力をそれぞれ持つ存在だ としたら、 それは 違いの認識 であり、 嫉妬ややっかみも生まれないはず。。。
自分自身、あまり嫉妬ややっかみをかんじることはないんです。それは、自分野中で、 違い を認識しているからかな、、と思ったりしました。。。 (自己分析な話になってしまいました)