子供の成長をお祝いする 節目ごとのイベント、社会的な意味合いもあり、 また きれいな着物や 初めての制服やスーツをまとって 家族写真をとる、という大義名分にもなっています。


それはそれでいいんですよ。 日本的な伝統行事というか、習慣を守る、という枠で、お金と時間を使う。


でも、例えば、七五三 って個人的なイベントであり、誕生日にかかわらず秋に、数えの年か、満年齢か、も本人や家族の 都合に合わせて お参りする、みたいなことに すでにこの現代では、なってきてしまっている 。。。。


その一方で、成人式だけは、公共的なイベントして市役所が主催で 集める。。。。 


これは、なぜでしょう?


戦後民主化運動の一環として、 成人として参政権が付与されるから、その意識を高めてもらおう、という意図があったのでしょうか。


有権者全体でいえば、すでに投票率が50%だってなかなかいかないレベルの 意識でしかない ところ、成人になった人たちに 参政権について意識してもらるためのイベントだ、というのも、 大人がお手本を示していない分 都合がよすぎる気もするし。


実際、社会人として生計を立てている20歳未満の若者もいるわけで、その人たちににとって、市民公会堂に集まる成人式 が なにを 意味するのでしょう。


もう 市役所主催の成人式はやめませんか?  仕分けするならこのようにわかりやすいところから。。。。