学校でのいじめが問題になって、もう久しいです。 高校や中学など、人間が成長していくなかで、
仲間意識や 帰属意識が 強くなっていく 時期 に このような事件があったりするものだ、と思っていましたが、最近は、小学校低学年でも、 あるそうです。
実際に聞いた話だと、XXちゃんのハンカチを だまってトイレに流してしまった女の子グループの話。
しかも、おどろいたことに、加害者グループの女の子のママは、そういう時に、学校はどのような指導をしたのだ? と学校の指導不足を 強く指摘したそうです。 (この ママ は 近所に住む方です 噂のモンスターペアレント! )
そこで思ったんですけど、 いい、わるい、という2元的な 判断軸でしか、議論ができない人 が多すぎる! という印象です。
悪人と善人 という構図。 悪人をみつけて罰せれば よい、という感じ。
いじめ は いじめるやつが悪い、という責任問題ですむ話なのでしょうか。
一方で、学校の指導といえば、みんな仲良く!団結! 協力! みたいな、まるで赤旗集会のスローガンなはなしが根強い感じだし。
海外でも思春期の いじめ は よくあることで、それがもとで自殺するティーンが増えており、子供を失った両親が いじめ撲滅を 図ろうと 運動を起こしているところもあります。
弱い者いじめ が いじめの きっかけなのかな。
自分とは ちょっと違う 気になってしょうがない 異種なものを拒絶する、という行為からでてきたものと自分は思っています。 みんなちがって、みんないい、って話、なかなかならない。
いじめるやつの正義は、集団の正義ではなく、個人の偏狭さである、ということなんですよね。ですので、いじめっ子がいずれいじめられっこになる。
2元論ではすまないこの問題は、私の中では、個人の偏狭さをなんとなく赦しちゃう集団のわきの甘さ、というところにたどり着いています。