先日、華原朋美が、芸能界復活するという ニュースが目にとまりました。


恋愛スキャンダルが大炎上して後、芸能界でがんばろうとしていたなかで、色々と芸能紙面をにぎわせる奇行などで話題になっていた方です。


現在、父親の住む海外にいて、復帰のための準備をしている、というニュースでした。


海外で休養していた?  海外逃亡?(まるで犯罪人のような響きですね)


芸能人だから、プライバシーに関しては、切り売りせざるを得ない立場なのは仕方ないとしても、海外脱出しないといけないくらい追い詰められていたのでしょう。


ここでひっかかるのは、いたたまれなくなって海外に出てしまうくらい、居づらいところになってしまう母国って、なんなんだろう、ということです。


人を殺した、とか、重大な犯罪を犯したわけでなく。 噂話レベルの些細なこと(酔っ払って路上に寝ていた?!)をスクープのように大々的に広告するメディア。


芸能人は、まるで 聖人君子じゃなきゃ いけない、みたいなプレッシャーを感じます。


そのような執拗なチェック(視線)から逃れるための洋行だったのだろうと推測します。


そう考えていくと、かなり大きな違和感を感じました。


ナチズム、ファシズム体制下で、体制維持に大いに役立った、国民総参加政策である、 密告制度 に近いものを感じたからです。 


個人個人の領域・違いを認めて、容認する、まあいいじゃない、誰だって酔っ払うことがあるよ、なんて いうことができない姿勢と 現代暗黒時代の、密告制度の背景 に、なんか、共通なものを感じてしまうのです。


誰かが誰かを監視している世界になっているかんじですね。 ツィッターで芸能人がどこのホテルに泊まった、なんてことがすぐに情報共有されるようになって なおさら 人より目立つことはできないことになってきたかんじがします。