情けは人のためならず、ということわざの本意は、情けは人のために、とおもってやるものでなく、まわりまわって、自分にかかわってくることだから、 という意味だそうです。
これって、情け に限らず、人 に対することに関して すべてに当てはまるような気がします。
やたらに他人に対して厳しいことを言う人って、実はそんな風に 厳しく育てられた人 という過去 を持つようです。
自分で消化しきれていないほど、「厳しい」 ということは 自分にとっても かなりレベルの高い水準であり、それができていないときが済まない、という 他人への視線は、 実は、自分に対しての 気持ちと 重なる部分が多いのでは、と思います。
そんなに厳しい水準は、つらいから、100%きっちり自分を追い込むことは やっぱりできないな、と気が付き、あいまいにして 息を抜くところをつくっていくようになることが、ゆるい意味で大人になる、ということ と 自分は思っています。
つまり、人は どこかに 100% Yes No でないところがある、はずです。
なのに、よい悪い、白黒はっきりさせたがる人が 世の中たくさんいるし、て、びっくりです。
他人をなんやかんや、言っている隅から 自ら口元さみしい、という ことなんです。
人のふり見てわが身を。。。
自分が嫌なことを他人にしない。。。。
ここら辺の 幼少時の教え が自分的に しっくりきます。。。。
現代の大人たちに 再認識してほしい 教えです。