飲酒運転による交通事故。。。 悲惨です。
福岡の元市役所勤務の青年が飲酒運転で、追突事故を起こし、当てられた車は、橋から落ちて、車内に乗っていた子供たちが 溺死。。。。 という数年前の悲しい事件は、衝撃的でした。
なぜそんな深夜に子供連れで、海の上の橋を ドライブしていたのか、みたいな被害者の行動が常識はずれだったから、事故を起こした青年は、そんなに 悪くないだろう、みたいな議論も 当時は一部にありましたが。
飲んだら、乗るな、みたいな 飲酒運転をやめさせよう、という啓蒙活動は昔からありましたし、免許をとるとき、更新するとき、必ず、このことは 教育されるようになっています。
それでも、なかなかなくならない。 それだけ、飲酒運転は、まるで人間の原罪のような根深いものです。
飲酒運転に対する罰則規定がどんどん厳しくなり、 ついには、飲酒運転している人の車に同乗したらそのひとも罪に問われることになっています。
下戸で、お酒が飲めないから飲まなかったけど、飲酒運転者と同様な罪
飲まない、と個人の意思で決めて 飲まなかったのに、 飲酒運転者と同様な罪
社会的な悪 を止めなかった、ということが、罪 になる、という 構図のように思えて仕方ありません。
このロジックで行くと、電車の中で、痴漢している人を 見てみないふりをする まわりの臆病者も、痴漢をとめなかったということで、罪になるべき ということになりませんか?
もっと極論になると、犯罪がおこったときの目撃者、傍観者 だって、その犯罪をとめようとしなかった、ということが、罪に問われてもおかしくないはず。。。 ということになります。
犯罪行為をしない、という個人の意思・決断 をまったく尊重しない法律のように思えて仕方ありません。
基本的人権って こんなときも 押し付けがましい社会規範という名の下に、無視されている 感じがします。