ああ、いえば、こういう、屁理屈ばかりこねて。。。。 と 子供を叱る大人がいます。


屁理屈だと思えば、まっとうな理屈(論理)をぶつけて、打ち負かせてしまえばいいだけなのに。


屁理屈~ばかり。。。と批判している人、実は、その人の中で感情的にこじれているだけで、論理的に話ができないということではないでしょうか?


こどもにこんなこと言われちゃって、とか、自分の主張しているポイント、理解してもらっていないのでイライラするとか。


屁理屈こねている人の中では、自分の意見を正当化しようとしているばかりじゃなくて、相手の意見に賛同できないから、というあまのじゃく的な動機付けがあるのではないでしょうか。


賛同できない人の意見を素直に聞けないのは、人の性。  それは結局、お互い様。


屁理屈を乗り切るには、屁理屈が成り立つ枠組みより、大きな枠組みがあるんだよ、ということを提示することですね。 なぜなら、屁理屈は、基本的に、狭い見地の中でしか成り立たないから。 


もっと広い見地で大きな枠組みで考えてみたら、そんな屁理屈、どうでもいいじゃない、ってことになるわけで。


ふと、自分が屁理屈をいうこどもだったかな、と思い出したところでした。