上司と部下の関係とは、どうあるべきか、といろいろと考えます。
上司とは、そのチームをまとめる役であり、まとめることが実はその職責の第一義のような期待値があったりするようですが、やっぱり チームとしての結果を出すことが、上司のミッションである、と私は思っています。
一方で、部下は、そのチーム内で与えられた職責をきちんと果たすことが求められている、ということが第一義である、と信じている人が多い、印象です。 本質的には、チームとして結果を出すために、何をすべきか、と考えて動くことが、一番期待されているところだと思っています。 つまり、与えられた職責をきちんと果たす、だけでは、物足りない。
なお、ここで話している仕事の関係とは、工場の生産ラインなど、すでに定型的にプロセスが決まっていて、アウトプットに対する基準値もはっきりしている 仕事場の話ではなく、 もっとホワイトカラーな、必ずしも成果物がどうあるべき、という基準値がはっきりしているわけでなく、柔軟な対応が求められている立場の部署におけるものです。
上司が結果とスピード重視の態度に偏りすぎると、部下には、不満がたまります。
なぜ、このような経緯に案件が進んでいるか、不明である、とか、どういうことで、このような判断があったのか、 知らされていない、とか、声が上がってきます。
もっと、オープンにコミュニケーションしてほしい、とか、自分がチーム・上司に貢献する形になっていないのでは、と 疎外感を感じたりしだすと、この悪い感情は、負の連鎖を引き起こします。
自分がそのような部下だったことを思い出す一方で、部下を持つ立場になると、同様に感じている部下がいるのかもしれない、と思うようになりました。
案件の進捗について、そのプロセスをもっと共有してほしい、という話に部下がしだすと、今度は上司が困惑します。 「どうしてそこまでしなきゃならないのか?」
類型化して考えると、このような関係になる最大の原因は、部下に任す、という 権限移譲が上手にできていないのでは、ということかもしれません。
タスクを付与してそれをきちんと遂行する、というのは権限移譲ではありません。
上司に代わって、情報を集めて、判断させる、くらいことをさせないと、参加して貢献している、という気持ちにならないのではないか、と思っています。 それがうまくいけば、部下は着実に成長していくんではないか、と思います。
もちろんそんなときの、部下の出来・不出来は、委譲した上長の責任でもありますので、きちんと尻拭いをしてやる、くらいな、肝 も 必要なんだろう、と思います。