最近の若いのは、日本語もちゃんと喋りゃしねぇ、って 年配の方によく言われていました。


自分も 中学のころ、先輩に 「敬語が話せない後輩」として、マークされていました。


でも、今になって、たいへん気になることが2つあります。


1. なにかと「~させていただく」 という表現が 乱発されていること。  うわべ上、へりくだった表現のようですが、そんな 人間関係的なしがらみは実際になく、何の意味もなしに やみくもに 使われている印象です。 丁寧表現の代わりに 使いやすいから 決まり文句として、使われているようです。


どんだけ、どこのだれかだかわからない何さまに、許可もらって 行動してんだよ! て 突っ込みは無粋すぎますけど、「皆様のおかげで」 という気持ちで、言っているなら、「~ができるまでになりました」という 達成感のある一人称的な表現の方が 気持ちいいし、世話してあげた人たちに 感謝の気持ちも通じやすい、感じです。


2. 子どもたちが 丁寧語を話さないこと。 

大人にお礼をいうときに、「どうもありがとう」 と大人が子供に教えているケースが多いです。 ここは、「どうもありがとうございました」 ときちんというべきだろう、と つよく思うところです。 


目上に対する絶対的尊敬心をよしとする儒教的社会規範が薄れていくなかで、いちいち 年上に対する丁寧語さえも気をつけるように教えなくなってきているのかな、とおもいました。 そうすると、その一方で、 大人の社会の中では、やたらに、意味のない謙譲語が氾濫している、状況は、 たいへん矛盾してないか、と思います。


自分個人としては、社会の一員としての敬語は、丁寧語と湾曲表現で十分であり、やたらな謙譲表現は仕事上の目上の方程度にとどめておきたい感じです。だって、自分がそこまでへりくだらなければならない 相手なんて、本来、この平等主義日本では、そうそういないはずですから。