先の日曜日に、親せきの子供たちと 豊洲のキッザニアに行きました。


世の中のいろいろなお仕事を子供が疑似体験することによりお給料をいただき、銀行に口座を開き お金を預け、ATMでおろしたり、そのお金でおやつを買ったり、スポーツクラブでレッスンを受けたりすることができます。


子供たちの好きなママゴトの拡大版です。 普通なら おもちゃ箱に詰め込んでいる いろいろな ごっこ用の道具が、現実的に目の間に本物同様にあるわけです。


人気があるらしく予約制であるのに朝から並んで入場します。【現定数分の当日券をゲットすることもできるそうです】 


入場してみて、自分は、涙が出そうに うれしい気持ちになりました。子供の時に、やってみたいと思っていたことが、実体験できるんです。 なまじっかの工場見学より、よっぽど 楽しい社会勉強です。 白衣を着て顕微鏡のぞいて微生物の研究や、モニターを見て外科手術の体験や、おもしろそうなものがいっぱい!


でも、その環境で一番戸惑ったのは、子供たちと一緒に来ている大人【親御さん】です。 どれが楽しそうか、どれが待ち時間が長いか短いか、いろいろと情報を集めて 子供をリードしています。 


こどもが自分でやりたいことを体験させてあげる、という趣旨の場なのに、効率よく回るために何を先にやろう、子供が好きそうな奴はどれだろう、衣装がかわいい奴はどれだ、とか、いろいろと 手助けをしてあげています。 


はたして、このような介入は、子供のためなのかな?と思いだすと、なんか気が重くなってきました。


自分が子供だったら、待ち時間が長くても、要領を得なくても、これをやってみたいという気持ちを持って最後まで自分でやってみたいのに。 そのせいで一日のうち一つか二つしかできなくても、しかたないとおもうし。


大人の想定通りに行動して参加することが、果して子供である自分のためなのか、という疑念をも、もってしまったりしそうです。


実際、親せきの少年【7歳】は、行きの電車で、「ママのいう消防士のお仕事は やりたくないんだ。でも、ママをがっかりさせたくないんだよ」といって しくしく泣いていたようです。 彼の気持ち、よくわかります。 親が子供のことを思ってやってあげること、リードしてあげることに、ふと、子どもは、何かのタイミングで、「それじゃない選択肢ってないのかな」と思うようになります。 この時に、おとなは、どうしたらいいのでしょうか?  


生きる力をもった大人になってほしいなら、ほっといてもいいのではないでしょうか? 


後で、色々と話を聞いてあげる。何が楽しかった?どんな発見があった? 子供が自ら試して体験したことは、ぶきっちょで、大人から見ると、中途半端な結果でも その子にとって一番の宝物になるのでは、と思うんです。 

ママの期待通りのことをやる、よりも、自分が楽しかった、と思うことをやってママに伝えると、ママはうれしそうだった、という構図のほうが、健全であるように思えます。


自分がそんな大人として子供たちに接していきたいと思っています。