万が一の緊急事態を想定して、対応プランを考える、 ということが必要なんだ、と今回の震災・原発事故で 痛烈に感じたことです。


でも、万が一の緊急事態、って 具体的に何なんでしょうか? というところが一番のキーポイント。


万が一の緊急事態を、どうやったら想定できるのか、なぜできないのか、を 色々考えているうちに、思ったこと。


戦後の日本は、万が一の緊急事態を考えることができない昭和という時代だったのでは、と思いました。


戦後の冷戦時代は、核競争、だったりキューバ危機や フォークランド戦争、湾岸戦争、など、万が一の事態を想定するには、具体的な事件・事象が世界では起こっていたので、現実的な対応計画を考えなければならない状態でした。


その一方で、日本は、核反対、戦争反対、に世論が明け暮れ、理念的な正義に執着して、万が一の事態を主体的に考えることが、できなかったのではないか、と思いました。 平和憲法を唯一持つ国として、そのような万が一の事態が起こり得ない、と頭から否定していた 感じがします。 (実際、幼少のころ、学校でそう教えられました)


でも、実態としては、日本は米国軍事力の庇護のもとにあったし、戦後処理対応が不器用しにかできなかった近隣諸国との関係も、経済的格差のおかげで大きくもめることもなかった、という時代だったので、万が一の事態を現実的に想定する危機を感じることはなかった。


さらに、伝統的に、もともと悪いことを想定して行動を考える、というマイナス思考は 不吉なことを想定するのはよくない、と 忌み嫌う土壌なのかもしれません。


冷静に、最悪シナリオを想定して 対応策をシミュレーションする、ということをもっと積極的にできるようになってほしいものです。