こんにちは音譜

 

明日は次女の参観日。

その前に仲良しママ友とランチがお決まりコースニコニコ

時間制限いっぱい、おしゃべりするのが楽しみですアップ

 

 

さて、衝撃的なこちらの1冊

 

『滝山コミューン1974』 原 武史

 

 

政治学者である著者が

自身の小学生時代を回顧したノンフィクション。

 

 

当時、東京郊外で急速に発達した大規模団地。

その住人の同質性を背景にして学校における集団主義教育の台頭。

 

著者が住んでいた団地名から名付けて「滝山コミューン」

 

その異様なまでの集団主義に染め上げられた学校現場の様子が

著者の記憶にとどまらず、当時の同級生や教員への

インタビューによって克明に記されています。

 

 

私よりも8歳ほど年上の著者。

私の時代も同じような学校風景だったなぁと思い出されました。

 

大人の選挙を真似た児童会選挙。

選挙運動期間があって、立候補者のポスター掲示や立会演説。

今から考えれば、内実の全く伴わない人気投票だっただけかもあせる

 

何かといえば行われる「班活動」や

運動会や学芸会など行事ごとに作られる「スローガン」

 

「滝山コミューン」における集団主義のピークは、

6年生で行われる林間学校。

この本のラストに近い場面ですが、クライマックスでもあり、

身の毛もよだつほどの不気味さですダウン

 

でもそれらは過去の話ではなく、

脈々と現代の学校現場でも息づいていますよね。

 

 

特に娘たちの中学校で異常なまでの集団主義を感じます。

 

減点方式で可視化して集団ごとに競わせる。

子どもたちの手によってルールを作らせる。

子どもたち同士で監視し合い制裁を加える。

 

子どもたちにとって、精神的に一番きつい環境ですよね。

権力を持つ教員からの押し付けよりも

隣にいる友人からの監視と制裁って…。

戦前の隣組を想起させますガーン

 

そこは完全に出る杭は打たれる世界。

晒し者にならないために、ただただ同質性を求められる世界。

 

考えただけでも窒息しそうDASH!

 

 

当時の小学校の状況に違和感を強く感じた著者は

その世界から逃げ出すために、受験戦争に身を投じます。

滝山という閉じられたコミュニティから脱出するために。

 

 

日本の教育を受けてきた人はみんな、

多かれ少なかれ、「みんな一緒」「みんな仲良く」「連帯責任」

といった集団主義教育を受けてきて、

それに違和感を感じた人も少なくないと思います。

 

そして、当事者であった子どものときには

その違和感をうまく言葉にできなかったかもしれない。

 

でも、大人になった今、その時の気持ちを言葉にして、

記憶をできるだけ正確に、そして克明に記録することは

とても意味のある作業なのだと思います。

 

私も著者にかなり共感を覚えました。

 

 

もともと日本人の気質として、

集団主義を甘受する国民性だとよく言われます。

そこに、学校教育で徹底してその精神を叩き込まれる。

 

その行きつく先は、沈黙する個人の集団かなガーン

 

 

著者も書いているように、

集団主義教育が全て否定されるものではないでしょう。

学校という「公」の場では、集団を統制する方法としては

必要な時もあるかもしれません。

 

 

過去の事実から、学ぶことはたくさんありますね汗

現代の教育現場の起源を見たような気がしました。

 

衝撃作です!!