知ってる人は知っている話だが、ハハは結構な酒飲みであった。

んで、介護生活が始まってからワタシは、紙パックの焼酎を買ってきたら、2リットルのペットボトルに中身をすべて移した後、改めて水で10倍稀釈した焼酎を、焼酎紙パックに作ったものを2パック用意しておく。

なんで2パックかというと、1パックしか用意してない時にそれが空いてしまうと、5合パックの焼酎を自分で買ってきちゃうからだ。
(デイサービスの日はお小遣いの1000円が残っているときがあるのだ)

話がそれた。

「焼酎もどき」を作る作業は、ハハの前ではできないので(想像するだに怖ろしい)、ハハが2階で寝ているのを確認してから台所でコソコソとしかし迅速に作業する。

オノレのその姿(片手に計量カップ、片手に紙パック)が、「なんかマッドサイエンティストが怪しい実験してるみたい~」で面白いのだが・・・(最近作り方が雑になってきた)

 * * * * *

クーちゃんには、ワタシは基本的に「カリカリ」もご飯もやらない。

「カリカリ」は散歩の後ハハがやることが習慣になっていたし、ハハには「カリカリ」以外に「自分の食事の残り物」(量はチェックするけど)という武器もあるので、ワタシは一切やらないことに決めたのだ。

・・・それなのに、ペットショップをのぞくのが好きで、その度にワンコのオヤツを買ってくるワタシ・・・(T_T)

今日、夕方の散歩を終えた後、ワタシはハハが「カリカリ」をやるのを見ていた。
その後、日々のノルマである「家賃の集金」に出かけて、家に帰ってきたワタシは、クーちゃんのご飯皿に「カリカリ」が入っているのを見つけた。
ハハとクーちゃんは2階にいた。

「・・・カリカリ、さっき、やってたんちゃうん・・」と思いながら、ワタシはクーちゃんのいぬ間にそのカリカリをビニール袋に移そうとした。

半分ほど移したとき、首輪についた名札をチャリチャリいわせながら、クーちゃんが階段を降りてきた。

だめだ! 間に合わない!

その時ワタシは、今から思うと大笑いするくらいうろたえていた。
クーちゃんに「あーっ! オネーチャン、それ私のカリカリやんか!」と激しく責め立てられるのではないかと思って、「そんなこというたかて、アンタ、さっきも食べてたやんか!」という言い訳まで用意していたのだ。

クーちゃんが静かにワタシの後ろに立った。
ワタシはクーちゃんが後ろに立っていることに気づかないフリをして、カリカリを袋に移し続ける。

それを「じーーーーーーーー」っとみているクーちゃん。

何をうろたえているのか、手でつかんだカリカリが袋に上手くはいらない。バラバラとこぼれ落ちる。

結局、ちょっと恩着せがましく「クーちゃん、これ、食べてもいいよ」と5粒くらいお皿に入れておいた。(なんか吉本新喜劇みたい・・・)

さぞかし、おもしろい光景だったのではないだろうか。

 
 * * * * *

それにしてもハハの物忘れの速度はえらい進んでる感じやなぁ。
いままでこんなことはなかった(・・・と思う)のに。

も一つ問題があるのだ。
ハハは早起きするとたまにクーちゃんの散歩に行く。

そう。
「クーちゃんのウンコの申送り」の信頼性が落ちたってことだ。

クーよ、オネーチャンが「ウンコ行こう」って言ったときに降りてこなかったら、あとは自己責任な。。。始末はワタシがするねんけど・・・。


誰ですか?
「オネーチャンがオバチャンより早起きして、散歩に行けばいいんじゃない?」とか思っている人は。

いいですか?
オバチャンの時間には「定時」はなく、オネーチャンは「早起きは苦手」なんです。
却下です。 

       ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=┏( ・_・)┛
ワタシはこの記事を読んだ時、おもわず「おっしゃぁぁ! ワタシは正しかったぁぁぁ!」とガッツポーズを取ってしまった(笑)。

かなり前にも書いたけど、ワタシはハハに何かをしてほしいときには、まず「ワタシが選んでほしいもの」を2つか3つに絞り込んでから、ハハに「1と2と3、どれがいい?」って、ハハに選ばせるようにする。
まるで『かこいこみ漁』みたいに(笑)

そうすると、ハハなりに「自分にできそうなこと」を考えて「自分がするっていったことだから」頑張ってやってくれる。

イヤーンハート ワタシってすごい~~~ ←バカ

でもね、最近ハハは食事の後片付けは自分からしてくれるので、ワタシはとてもラクチンなのだ(笑)。

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■認知症の人が「働く」デイサービス できることで社会参加を
 (産経新聞 - 11月13日 12:26)
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=133&from=diary&id=3139391

できないことも多いけれど、できることで社会とかかわっていこう-。認知症の人が、地域の「仕事」に携わるデイサービスがある。福祉の限られた空間で過ごすのではなく、開かれた社会の中で生きていく試みだ。認知症に関する国際会議でも、キーワードは「地域の暮らし」。関連して開かれた民間の会合では、交通や流通、金融などの取り組みを加速させようとの投げかけが行われた。(佐藤好美)

東京都町田市にある介護保険のデイサービス事業所「DAYS BLG!」。スタッフがホワイトボードを見せながら、利用者一人一人に、午前中に何をしたいかを聞いていた。ボードに書かれた選択肢は、(1)ホンダの洗車(5台)(2)買い物(3)調理・ぞうきん縫い・タマネギむき-の3つ。デイサービスの活動は合唱や塗り絵が多いが、ここでは、いずれも「仕事」だ。

 「どれにする?」

利用者は、ほぼ全員が認知症。ホワイトボードを見せながら聞くのは、考えているうちに選択肢が分からなくなってしまうからだ。選べない利用者には、スタッフが重ねて聞いた。

 「外で過ごす? 中で過ごす?」
 「外かな」
 「じゃあ、洗車にする? 買い物にする?」

質問を絞り込んで、選択を助ける。運営するNPO法人「町田市つながりの開」の理事長、前田隆行さんは「選択ができると、満足感につながる。人の生活には、無意識の選択がたくさんあるのに、介護を受ける立場になると、トイレも自由に行けなくなって『お任せ』の生活になる。選ぶのが困難なときは、違いの明確な選択肢や、イエス、ノーで答えられる問いにして選びやすくします」と言う。

「仕事」の内容はさまざま。事業所内の炊事や洗濯▽ボランティア的なもの▽地域社会での「お互いさま」的な働き方-。ただ、外の仕事を探してくるのは容易でない。ホンダのディーラーでの洗車は、前田さんが1年半かけて開拓した。この日は3人が参加。スタッフ1人が付き添った。

青山仁さん(53)は、並んだ車の一台一台に丁寧にクロスをかけていく。車好きだが、若年性認知症と診断されて運転をやめた。「娘から運転をやめろといわれたときは泣きそうだった。『人を殺したらどうするのっ』と言われて…。昔は車に乗って海に行ったり、山に行ったりしたよ。ナンパもしたしね。いいなあ、こんな車に乗れたら」

仕事を提供する側も、迷った末での決断だ。ホンダカーズ・町田東店の戸木田次人店長は「新車ですから傷ついたら、という不安はある。でも、あの世代は車が好きで、車を大切にする。任せていいのでは、となった。高齢者は世の中の活動と接点があると孤立せずに済む。働いて汗をかいて、帰っていくときに目に力があるのを見ると、良かったなあと思います。必要とされ、役に立つことは重要なのでは」と協力的だ。

仕事は他にも、青果商の配達の手伝い、カラオケ店の敷地の草取り、ポケットティッシュへのチラシの折り込みなどがある。できないことは多いし、やってみたら、うまくいかなかったこともある。だが、できると分かれば、わずかだが謝礼も発生する。それが達成感や意欲につながる。周囲に認知症の人を理解してもらい、仕事ぶりを認めてもらい、彼らの受け取る謝礼が少しずつでも増えていくのが、前田さんの願いだ。

認知症になると、何も分からなくなり、何もできなくなるという偏見は根強い。前田さんは「福祉や介護の業界は狭い。業界の外に出ないと、理解も進まない。そこは当事者も頑張らないといけない。その結果、周りの目も変わっていく。企業が変わると社会も変わる」と話している。

■民間主導で「暮らしやすく」

認知症の人の暮らしは、行政や医療・介護のサービスだけでは良くならない。地域で生活し続けるには、商店街で買い物ができたり、コミュニティーバスが使いやすかったり、近隣でちょっとした仕事ができたりするといい。民間の知恵や投資で社会の仕組みを変えていこうとの2つの会議が先週、開かれた。

1つは、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターと、認知症フレンドリージャパン・イニシアチブ(DFJI)による「認知症フレンドリー社会をどのように実現するのか?」。もう1つは、OECD(経済協力開発機構)とNPO法人「日本医療政策機構」による会合。いずれも研究者や行政担当者だけでなく、福祉や企業など、分野横断的な関係者が集まった。

先の会議にゲストとして参加した英国・アルツハイマー病協会のジェレミー・ヒューズ会長は「専門職だけでなく、コミュニティー全体で生活を考えなければいけない」と発言。認知症の人が銀行口座の暗証番号を忘れてしまうことについて、同国の銀行業界が対応策を検討していることなどを紹介した。

英国では、認知症の人がバスに乗る際に目的地のカードを示すと、運転手が停留所で降ろしてくれる地域もある。民間企業の工夫で認知症の人がぐっと暮らしやすくなる一例だ。

DFJIの徳田雄人さんは「認知症の人が必要以上に自分の障害を感じず、スムーズに生活できる社会にしていきたい。そういう社会を作るには、行政や医療や介護などの伝統的なサービス領域だけでなく、認知症の人の生活を取り囲む都市計画、交通、金融、流通、情報通信など、さまざまな分野の取り組みが必要です」とする。

民間企業が商品やサービスを変えていくと、社会が変わる。徳田さんは「認知症にフレンドリーな物やサービスがあふれ、認知症の人が、商品やサービスを選択する消費者にもなっていってほしい。認知症の人だけでなく、高齢者や障害者、子供など全ての人が暮らしやすい環境になるはずです」と話している。
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介護生活が始まって、介護施設や介護職、ヘルパーさんたちの手を借りているせいか、彼らの労働環境というのが非常に気になる。

我が家はデイ・サービスだから夜はお世話になっていないが、終日預かっているところであれば、シフトで夜間の勤務もあるだろう。

給料はそれに見合った額が支払われているのだろうか?
シフトは彼らの身体に負担を与えすぎないように考慮されているのだろうか?

「健康な身体は規則正しい生活から」 むなしい言葉だ。

直接お世話になっているにせよ、会ったことはないにせよ、パラパラと辞めて行く人達も多いと聞く。

我が家に来る訪問ヘルパーさんに「自分は生活かかってないからいいけど、生活のかかってる人は、会社の掛け持ちして、食事もせずに頑張ってる」などという話を聞くと「イヤイヤイヤ、食事はせなアカンやん・・」と思ってしまうし「それでいつまで続けることができるのかな?」と思う。

若い人達が「介護職につこう」と思い、長期にわたって勤められるような職場ができているとは、申し訳ないけれど思えないのだ。

ある程度年齢のいったベテランさんも、元気な若い人もひきつけるような職場になっているんだろうか。

介護とか介助って、誰でもできる簡単な仕事では絶対にない。
患者さんの数だけバリエーションがあるものだと思う。

彼らは「モノ」ではない。「人」なのだ。
ひとりひとり異なる長い人生を生きてきた、尊敬すべき人達なのだ。

シンゾーが言ってるみたいに「いざとなったらボランティアの人にしてもらえばいいさ」みたいなノリでは絶対に失敗する。断言してもいい。


なぜ、こんなに気になるのかって?


介護職の人達がその職場に満足して機嫌よく働いてくれないと、他でもない「私」が困るからだ。(^^;

ささやかな「我が家」の介護生活が破綻するからだ(苦笑)
えー。
この記事を書いた人は「認知症の尊厳」と「介護者の人間らしい生活」のどちらが大事なんだろう。

ウチには昔、チチの母親が強烈なアルツハイマーで「いた」。

オムツは自分でとってちぎって窓から撒き散らすし、タンスに入ってる服や着物を出して自分のもののように荷造りするので、父祖母のいる部屋のタンスはすべて布ガムテープを縦に3本貼ってあった(それでも開けた)。

夜中の間に階下におりてきて、台所のオーブンのコンロをひねって、朝、お湯を沸かそうとハハが火をつけようとしたとたん、爆発したこともある。

夜中にワタシの部屋のドアをあけて、ベッドの足元の布団を上げ、冷気に目を覚ましたワタシに笑いかけられたときはちょっとこわかった(^^;

自分の息子であるチチのことはわからなくなっていたし、昼夜逆転していたし、徘徊癖もあった。
玄関の横の棚には鍵と小銭入れとテレホンカードが常に置いてあった。
基本的に年寄りは動作が緩慢なので、「動いてもあまり音を立てない」のだ。
だから「いつの間にか出ていった!」なんてのはしょっちゅうだった。

もちろん他の家族は、日中はそれぞれ学校に言ったり仕事をしたりしている。主婦業をこなしながら父祖母の面倒を見ていたハハは本当に大変だったろうと思う。

・・・・で、そんなふうに日中普通に暮らしてる人達が、なんで夜中元気に歩き回ってる認知症患者に付き合って起きてなくてはいけないのだ?

当時は、介護制度もなにもなかったから、本当にご近所の協力をいただいて家族でみなくてはいけなかった。

たまに入院したらしたで、点滴のチューブで蝶々結びをしたり、点滴を抜いたりもしてたし、本当に目が離せなかった。

医師が「絶対歩けません!」と断言していたにもかかわらず、尿道に入っているチューブを自分で引っこ抜いて、歩いてトイレに行き、帰り道がわからなくなって迷子になっとったりした。
後から聞いた話では尿道チューブって痛いんだってね。


重度の患者さんになると、本当に「何をするか読めない」のである。
理屈はもちろん通じないし、「痛いからしないだろう」という、一般的な発想も通用しない。

だからといって安直に「拘束してしまえ!」とは思わない。
でも「拘束しておきたい」と思う気持ちはすごくよくわかる。

ウチも1~2回、チチが手足をタオルで縛ってたんじゃないかな・・・(チチが)。
父祖母の部屋から階段に通じる通路に、外から鍵をかけるドアも作った(これは使わなかったけど)

もちろんチチは普段そんなことをする人ではなかった。それなりに母親を大事に扱っていた。
それでも、家族で介護してて、追い詰められるとそうなっちゃうのだ。

病院や施設だったら、少なくとも一部屋に常時一人は付いてないとダメだと思うけど、そこまでの人員は今はいないでしょう?

で、なにか問題があったら責められる。
自分の親の面倒も見ない人達に。
あほらしてやっとれんわ。

・・・と思うのもごもっともだと思う。



朝日新聞、1週間ほど、介護研修にいってこい。

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■制度外ホームで「拘束介護」 約130人、体固定や施錠
  (朝日新聞デジタル - 11月09日 05:44)
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3132887

体の弱ったお年寄りが暮らせる住まいが圧倒的に不足しており、制度も追いついていない。特別養護老人ホームへの入居待ちは、全国で50万人を超える。行き場のない高齢者が制度外のホームに流れている。その一つで、徘徊(はいかい)や事故を防ぐためだとして、約130人の入居者がベッドに体を固定されるなどの「拘束」状態にあった。こうしたホームは行政の目が行き届かず、高齢者の尊厳が侵される恐れがある。

東京都北区に、家賃、介護費、医療費、食費などを含めて月約15万円で生活できるという「シニアマンション」3棟がある。敷金や入居一時金もいらない。有料老人ホームとして自治体に届け出ていない制度外のホームだ。マンション業者は医療法人と提携し、入居するには原則的に医療法人の審査が必要だ。ヘルパーは、医療法人運営の訪問介護事業所から派遣される。

ヘルパーら複数の医療法人関係者の証言と、拘束された入居者の写真や映像によると、8月末の3棟はほぼ満室で、入居者約160人のほとんどが要介護度5か4の体が不自由な高齢者だった。

多くの居室は4畳半程度で、ベッドが大半を占める。ほかに丸イス1脚と収納ボックスくらいしかない。ベッドは高さ30センチほどの柵で囲われ、下りられないようになっている。入居者によっては腹部に太いベルトが巻かれたり、ミトン型の手袋をはめられたりして、ベッドの柵に胴体や手首が固定されている。

居室のドアは、廊下側から鍵をかけられる。「24時間ドアロック」と大きく書かれた紙などを張り、ヘルパーたちにドアの施錠を確認させている。

これらの行為について厚生労働省は「身体拘束」にあたるとして原則禁止している。例外的に許される場合もあるが「一晩中の拘束などは認められないし、24時間はなおさらだ」(同省高齢者支援課)としている。写真や映像、内部資料を朝日新聞が確認したところ、8月末時点で約130人でこうした「拘束」が確認できた。

入居者への介護は最大限でも1回30分または1時間で、1日3~4回。これだけにとどまるのは、自宅にいる高齢者が受ける介護保険制度の「訪問介護」のためだ。要介護度が重い入居者でも、訪問介護以外の時間は原則的に対応しておらず、「拘束」状態が続く。

あるヘルパーは「かわいそうだけど、転倒事故が起きるかもしれない。徘徊などを防ぐために拘束せざるを得ない」と話す。(沢伸也、丸山ひかり、風間直樹)

     ◇

〈高齢者への身体拘束〉 厚労省の「身体拘束ゼロへの手引き」が示す例では(1)自分で開けられない部屋に隔離する(2)ベッドに体や手足を縛り付ける(3)ベッドを柵で囲む(4)指の動きを制限するミトン(手袋)をつける(5)自分で脱ぎ着できない「つなぎ服」を着せるなどの行為で、これらは高齢者虐待防止法に抵触する。

やむを得ず拘束するにしても、本人などの生命や身体が危険にさらされる「切迫性」、他の手段がない「非代替性」、最小限の時間にとどめる「一時性」という3要件をすべて満たす場合に限るとの考え方を示し、解除に向けて常に再検討するように求めている。
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その時ハハは激怒していた。
なぜなら、ムスメが「角砂糖」を買ってくれなかったからだ。

最初にムスメの持つカゴに角砂糖を入れた時は、即座にムスメに「こんなん、いらん」と元の棚に戻されてしまった。

ムスメはそれ以上ゆっくり買い物をしていると、どんどん買い物が増えそうなので、そそくさとレジに向かった。
途中でいつのまにかカゴに入っていたエリンギをすばやく棚に戻した。

 ハハ 「砂糖なんか痛むわけじゃないし、買っといてよ!」
 ムスメ「いらんいらん!」
 ハハ 「自分の欲しいお菓子ばっかり買って、ワタシの欲しいものは飼ってくれない!
     アンタの買ったアイスクリームとコーラを戻してきてやるぅ」

ムスメは足早に歩きつつ、苦笑いとともにちょっと困っていた。
普段なら、そういう激しい物言いはしないのだが、基本的にハハとスーパーにくると、食べきれないほどの食材(捨てるもの多し)を買い込むので一緒に来たくはないのである。

しかし、料理に使う砂糖はあるし、グラニュー糖はスティックシュガーが一箱丸々ある。
大体今日日、「角砂糖」なんてどこで使っているのだ。
我が家には角砂糖で餌付けして芸を仕込むようなクマもいない。
ここは譲るわけにはいかんのである。

レジをすませていると、どうやら財布に角砂糖を買うに十分な小銭があったらしく、カゴに角砂糖を入れて、ドドドとハハがレジに向かってきた。

 ムスメ「アカーン! すみません、アレ、いらないからっ!」

ムスメとはいえ、雑踏で大声を出すのは平気になっているのである。

レジの人は、ハハのカゴを後ろにやって、無視してくれた。

ハハは、ふてくされて先にスーパーの外にでて、帰り道に向かって歩き始めている。
完璧にぶーたれているのである。

・・・・でも、家に着く頃にはわすれてるんだけどね(笑)