
名前は日出一(ひでかず)。
同い歳で幼なじみ。
柔道界ではこの名を知らない人はいないと思う。
俺も幼稚園年少~小2まで柔道をしていました。
日出一を柔道に誘ったのは小1だったかな?
入部当初から抜群のセンスで一気に追い越され明石一番になるまで一瞬やったのを覚えています。
俺にとっては柔道人生最後の大会やったと思うんやけど、兄弟揃って明石準優勝までに入ったら当時流行ってたスーパーファミコンを買ってもらう事に。
俺の準決勝は同じ道場の、今一緒に仕事をしてる朋治。
判定勝ちだったか、押さえ込みやったかは忘れたけど勝って兄も勝ったのでスーパーファミコンをGET。
決勝の相手はもちろん日出一。
判定負けでした。
これが最後の大会となり、俺は柔道を辞めました。
それからも日出一は明石では無敗の帝王になっていきました。
今でもはっきり覚えてる事。
6年の時、中学入学前に日出一と野々池中学の柔道部の練習に行きました。
その時角野先生の指導や練習の雰囲気が良すぎて『俺も日出一と全国目指したい!』そう思った俺はバスケ部入部ではなく、柔道部へ行く決心をその時は決めました。
帰りに日出一のお母さんと3人で羅生門へ食べに行き、中学入ってからの事をいっぱい話しました。
日出一のお母さんも凄い喜んでくれてたのを覚えています。
そして中学に入って、俺が取った行動は…
バスケ部入部。
人生最初の裏切りです。
しかも断りもなく…でした。
自分の中でそれがホントに申し訳なくて。。。
日出一にもお母さんにも。
小学校ずっと遊んでたけど、中学になって別々の部活となり、遊ぶ事もなくお互い部活を頑張りました。
日出一の成績はと言うと…個人戦全国大会準優勝。
決勝の相手は全国常連、名門・愛知大成中学の後藤。
名門校vs無名校。
結果判定負け。
色々な意見がありました。
審判がおかしかった、勝ってた、名前負けやった…など。
けど日出一ただただ『負けてもたわ!』しか言ってなかったのを覚えてます。
言い訳をしない事に『コイツすげーな』としかなかったです。
中学3年で握力70、細い電柱なんかで人間旗をするような男ですよ。
怪物でしたね。
そんな彼は柔道を極める為に兵庫県を離れ、超名門校・東海大相模高校へ特待生として進学。
オリンピック選手でもあったあの井上康生直々ち話しがあったと聞きました。
そんな名門校で主将を務めるなど、数々の活躍ぶりでした。
大学ももちろん柔道で日本大学へ。
オリンピック選手になるのは時間の問題だと思ってました。
しかしこういうスター選手に限って悪夢が起こるんですよね。
はっきりした病名は聞いてませんが膝の故障。。。
オリンピックの夢は消えました。
紛れもなく、彼は俺の中でヒーローです。
中学高校と別々の道となり付き合いもなくなったけど、どうしても結婚式には来て欲しかったので招待しました。
余興で『世界に一つだけの花』を努と熱唱し、場を盛大に盛り上げてくれて最後は俺も含め20人位前に出て全員で熱唱しました。
日出一にはホントに特別な想いがあります。
今は総合格闘技の選手として活躍しています。
お互い忙しくてなかなか時間合わないけど、たまに一緒に呑む酒は別格ですね。
これからも日出一を親友として、ファンとして応援していきたいと思います。
そんな日出一くん、たまたまジムが一緒なんですけど昨日初めて日出一メニューをしました。
ベンチプレス…ありゃイジメやわ。
ものっごっついキツくて最後は重りなしのバーだけやったんですけどそれすらキツくて。。。
鬼やったけど、メッチャ追い込めたし気持ち良かったです。
また時間が合う時はイジメてもらいます。
長くなりましたが、日出一は俺にとってヒーローです。