立憲と公明が中道新党結成のサプライズ - 我が意を得たり、だが左派が猛反発
世に倦む日日 2026年1月20日 16:35
次々と政治の激変が起きる。急激すぎて、経過を整理し記録を書き留める時間がない。1/14、立憲と公明が新党結成で合意を発表、1/16 に共同代表となる野田佳彦と斉藤鉄夫が共同会見して新党「中道改革連合」を立ち上げた。先週後半はずっと中道新党の動きが中心の政治報道が続いた。直後は、中道という理念を貶下し、時代遅れだと罵り、若者層にウケないとして無価値化する右翼やマスコミ論者の攻勢が溢れた。
1/17 以降は、新党の出現に危機感を持った日本共産党やれいわ新選組の支持者が、すなわち左翼の面々が中道新党の政策を批判する意見を盛り上げ、Xのタイムラインを埋める光景に染まっている。その二つを見ながら憂鬱になりつつも、しかし私自身は、3か月前に「立憲と公明は一刻も早く連携して小選挙区で迎撃の準備を」と檄して提案した政治構想が絵に描いたように実現した場面を見て、正直、達成を手にした感動と満足を抑えられない。(写真は JBpress)
必ずこの政治(立公同盟)に向かうと確信し、その瞬間の到来を祈念していた。それ以外にないと予想していた。間違いなく、関係者が記事を読んで参考にしたものと想像するし、同感し、この戦略と計画で動こうと即断したのだろう。東京遷都案の投げ文を大久保利通の居宅に夜陰投擲した前島密の気分だ。この構想を採択し実践した者に感謝する。彼らの行動で評価できるのは、潜行を漏らさずマスコミに察知させなかった点だ。
立憲民主党という党は、民主党時代から、オープンが取り柄でマスコミが大好きで、個々が何でも喋ってマスコミにネタ提供し、永田町で注目されて悦ぶ習性と悪癖を持っていた。なので、普通ならこの動向がマスコミ記者に漏れ、高市自民側に感づかれてもおかしくかった。今回、よくそこを禁欲し、秘密厳守のままローンチの日程まで進められたと思う。マスコミは、最近の立憲が全く無能なため、こうした一挙は起こせないと見て偵察をサボっていたのだろう。
二つの党の政策は近く、共闘はきわめて容易だったが、結局そこを突き抜けて新党結成まで運んだ。そこには二党の思惑がある。立憲のめざす目標は国民民主との合体で、そのためには、安保法制や原発再稼働で従来の政策を捨て、右翼マスコミと玉木の要求に従って左派色を払拭する必要があった。リベラル政党の性格を消し、玉木に納得してもらうまで右旋回する必要があった。その意味で、新党結成は便利な方法であり、好都合の脱皮の機会なのだ。
この党は何度も名前を変え、理念と綱領を変えてきた。永田町で生き残り、二大政党を確立させ政権交代システムを定着させる目的のため、30年近く醜い変身を続けてきた。面子は昔からほぼ同じで変わってないのに、口にする標語や態度を変え、政党の定義を壊し、理念という日本語を汚して本義を剥奪してきた。信頼できず、期待できない老い錆びた野党である。なので、今回の動きは、政策だけに焦点を当てれば反動だとする見方もあるだろう。
公明党の斉藤鉄夫はよくやったと思う。拍手したい。昨年10月の与党離脱劇もカタルシスを覚える一事だった。テレビの前で興奮を覚えた。言葉がよかった。今回もそれに続くドラマで、政治らしい政治を斉藤鉄夫一人がやっている感がする。今の日本で稀有な事例であり、惜しみなく評価できる。会見の席で、選挙で第一党になった場合の首班指名は野田佳彦だと言っていたが、斉藤鉄夫の方を内閣総理大臣に推したい。
公明党はここ数回の選挙でジリ貧で、党勢が落ち目で展望がなく、起死回生の一手を打つ必要に迫られていた。小選挙区制の環境下、立憲と組んで政権をめざすのは必然だろう。創価学会を活性化して再興を図るためにもその選択しかない。学会軍団は退路を断った背水の陣になり、負けるわけにはいかず、死にもの狂いの選挙を戦うはずだ。地方での自民党との蜜月関係という前提はあるが、ここで中道新党が負けたら国政で公明党の存在意義はなくなる。最悪、党解散に追い込まれる。
1/19 に発表された中道新党の綱領は、1/16 からずっと斉藤鉄夫がテレビ出演して、生放送で唱え続けた内容だった。各番組で説明していたように、今回の立憲との新党結成は、公明党が連立離脱後に定立した「中道改革の軸になる」の方針に立憲が賛同したという形式に即している。なので、公明党が新党の母体になっていて、そこに立憲が被さってボディを構成したという原点論が組み立てられ、その先に国民民主と自民党左派を取り込んで図体を大きくするという青写真が描かれている。
而して、公明党の言葉が綱領の核になり基調になっていて、「私たちの掲げる理念は、『生命・生活・生存を最大に尊重する人間主義』である」と宣言している。立憲民主党の立憲主義の要素はない。一見して、非常に暫定的で急拵えの印象が強く、選挙後の政界再編の際にまた再び改新することが想定されている内情が察せられる。民主党という政党は理念薄弱で、理念が作文だけの政党で、政権が欲しいだけの政党だった。
枝野幸男の立憲民主も、理念が理念として生きていたのは初期の一瞬だけで、すぐ変節を始め、右へ右へ旋回し、何だか分からない保守政党になり果てていた。今回の中道新党の事態はナチュラルな帰結と言え、何も驚いたり悲しんだりする理由はない。むしろ、古い保守政党の一つになりかけ、永田町の生きものとして絶滅危惧種視されていた公明党が、中道、中道と中道の意義を懸命に強調して再生へ立ち上がったことが、私には歓迎すべき出来事に映る。保守よりも中道の方が左に位置する。この点は重要だろう。
中道はもともと仏教の概念で、宗教的な哲学の用語だが、公明党の結党以来のアイデンティティを表す言葉だった。日本の政治で政党が理念を言語化するにおいて、日本の伝統思想から範疇を求めるのは不自然とは言えまい。日本人には日本人の思想の宝蔵(たからぐら)がある。西洋思想ばかりではなく、仏教や儒学や武士道からエッセンスを抽出して現代の政治思想や理論を開発してよい。日本は東洋の国だ。
中道新党が基本政策で安保法制を合憲だと認めたこと、すなわち違憲とする従来の立憲の立場から転換したことは、きわめて遺憾な現実だ。が、この変節はずっと前から進行していた問題で、今さら特に落胆する禍事でもない。
安保法制は違憲に決まっている。違憲なのに日本人はそれを違憲と確定することができなかった。10年の歳月をかけて既成事実化し、常態化し体制化し前提化した。それを違憲だとして反対する者にマスコミが食ってかかった。滅茶苦茶な解釈改憲を定着させた。安保法制も違憲だし、敵基地攻撃ミサイルも違憲だし、日米作戦統合司令部も、何もかも違憲だ。
立憲の者たちは、政権政党をめざす上でこの立場を固守することが邪魔だと思ったのだろう。
この選挙を機に、政党名を変え、新党という仕掛けを施して立場転換する奸策を選んだ。もし、そうしないまま、仮に立憲が第一党になり政権政党になった場合は、そのときに「安保法制違憲」の立場を放棄しなければいけなくなる。固守をアメリカは許さない。
が、しかし、できればもう少し共産党や社民党に配慮し、政策の文言を曖昧に調整してもよかった。小選挙区の選挙で左派の協力を得るため、余地を残す表現を工夫してもよかった。1/19 の中道新党の政策発表の後、私のタイムラインは左派からの猛然たる中道新党叩きのポストフローで埋まる状況となっている。
無理もないと言うか、中道新党が高市自民の有力な挑戦者として立ち現われ、野党勢力の選挙の関心と期待を独占し、共産やれいわはすっかり埋没して蚊帳の外の存在感に霞む趨勢になっていて、党中枢や支持者が焦燥したのだろう。
そこへ、中道新党の安保法制合憲や原発再稼働の「反動」が出来したものだから、渡りに舟とばかり、特に日本共産党は活気づいて新党叩きの気勢を上げている。
彼らの選挙運動の上で絶好の順風と立地を得たと沸いている。私以外の者のタイムラインがどう編集されているか知らないが、共産党系のポストというのは、得票数と比較して妙に人口密度が高いというか、Xでシェアとインフルーエンスの度が高い特徴がある。
かくして、選挙戦の構図が、①高市極右、②中道新党、③左派、の三つ巴の戦いに配置づけられてしまった。
この新構図は、高市早苗にとって笑いの止まらない吉事の降臨に相違ない。敵が自ら二つに分裂してくれたのだから。危惧されるのは、中道新党の支持者と左派の支持者がX上で喧嘩を始め、互いの非難合戦で選挙戦の時間を浪費する愚かな展開である。そうなれば高市と極右の思うツボに嵌ってしまう。
②と③が足の引っ張り合いを演じ、相互に傷つけ合い、票を奪い合ってエネルギーを損耗する図は最悪だ。思えば、細川護熙と宇都宮健児が出馬して両陣営が泥仕合を演じた2014年の東京都知事選が、現在の選挙戦と様相が似ていた。12年前の不幸である。
あのとき、私は細川陣営の「ネット軍師」として旗を振り、そして臍を噛む残念な結末を拾った。岩上安身から卑劣な妨害を受け、しばき隊からデマと誹謗中傷のリンチを受けた。しばき隊はこの政治で台頭し、日本共産党にとって便利で必要不可欠な手足の存在となり、左翼内で地位を固めた。
歴史を遡れば、例の社民主要打撃論と反ファシズム統一戦線があり、その失敗と茶番とナンセンスがある。二度目を繰り返すのは喜劇だとマルクスは言ったが、三度も四度も同じぶざまが繰り返される。左翼の醜い党利党略が社会を悪くする。進歩を阻む。人間は学習しない動物だ。
小林節と長谷部恭男が言うとおり「不完全な生きもの」だ。その長谷部恭男といえば、蛇足ながら、最近、たしかTBS報道特集だったと思うけれど、テレビに出て、安保法制の違憲判断については、すでに10年経ち、状況が変わったから、法的認識を変えないといけないという意味の指摘を苦しそうに述べていた。
枝野幸男が解説しているところの、相変わらず窮屈でアクロバティックな新解釈は、11年前の夏の安保法制反対デモにも参加した、この権威の所論をベースにしているのだろう。無論、屁理屈は屁理屈で、憲法判断の不当な捻じ曲げであり、前川喜平のストレートな批判の方が当を得ているのだけれど。
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