おはようございます。
ぽちぽち読んでいただいている皆様、どうもありがとうございます。
もはや日記か独り言のように書いている感じですが、お読み頂いている方が
一人でもいると思うと、励みになります。
私はバブルの時の自分の収入を何に一番使っていたかというと、やっぱり衣類なんです。
お化粧品とか、食べるものとか、または食べるお店にこだわっていた人もいらっしゃると
思いますが、私は断然ファッションでした。
その昔、まだ携帯が全く実用的ではなかった頃。(ショルダー型の1台100万以上した頃)
道行く人に「すみません、今何時ですか?」と聞かれることが結構ありました。
「あ、どうぞ」と言って、自分の腕を差し出して文字盤を見せるのです。
その時に、表面が傷だらけの安い時計を見せることになると、いや、相手はただ時間が分かれば何でもいいのかもしれませんが、こっちが恥ずかしいのです。
なので時計や靴、ハンカチ、バッグなど、人目に付く小物には徐々にお金をつぎ込みました。
そういう咄嗟の時でも恥ずかしくないように身なりを整える、という事が、それは
私だけではなくて、世の中的に、一般常識的に、働く→収入を得る→上質を知る→
上質なものを纏う、みたいなことだったと思うんです。
上質なものを纏うことで、品の良い言葉遣いや振る舞いも、私たちは少しずつ学んでいきました。それが大人になる、という事だったと思います。
言葉が丁寧であれば品がある、という事ではないですね。
所作や、礼儀、配慮や謙遜…いろいろありますが、そういうことが揃っている大人が
沢山ではないけれど、当時は周りに何人かいたものです。
パッと見て、その人となりを表すのは、やっぱり見てくれだと私は思います。
上品な着こなしで、靴の先まで手入れが行き届いているのは、出会う相手に対して
失礼のないように、という気持ちが行き届いているな、と感じます。
ちょっと目を引くアイテムをどこかに身に着けていると「おしゃれだな」と思うし、
そのセンスがその人を表しますよね。
高級ブランドじゃなくても、素敵にセンス良く着る。
それは「ドヤ!イケてるだろ!」っていう自慢じゃなくて、見る人・会う人に不愉快に
思わせないマナーだと思います。
マナーであると共に、「私はこういう感じの人なんです」というアピール。
あるいは「こう思ってほしい」という希みかもしれません。
少しずつ高級なものを買える、あるいは手に取ったワクワク感。
そしてちょっと身が引き締まる感じ。
そういう感じが、今の世の中や若い人たちから感じません。
チープなものでなんとなく良さげに、的な。
フォーマルって何?就活のスーツでよくね?みたいな。
「違う違う、そうじゃな~い~!」by マーチン。
経済が回らないという事は、こういうこともあるのか…と、田舎の婆は
ぼんやりさみしい気持ちで考えています。