
チャンスは前髪しかない。だから チャンスが来た時に捕まえないと
去っていかれたら、つかむところがないので もう二度と機会はない
というギリシャ神話。
アメリカ駐在員の奥さん。そこにチャンスがへらへらと走り抜けようと
した。
奥さんは すかさず グワッシと前髪を掴み続け
勉強しアメリカの会計士CPAの資格を取ってしまった。
夫さんいわく、 帰宅しても奥さんが勉強しているから 小さい子供と
静かに遊んでいるだけでTVも見てなかった そうな。

結果、夫さん駐在期間中に CPA合格。 日本で一流公認会計事務所勤務と
なり、夫を遥かに超える高収入を確保。
吉祥寺に一戸建てを買われました。
ニューヨーク駐在員の奥さんは、赴任に同行したが 子供もいなくて 暇だった。
大学で理系学部卒だった奥さんは、アメリカの某医学関連研究所に行き、
無給でいいから働かせてくれと頼んだ。

普通は採用されない。
ところが
そこにチャンスが前髪ひらひらさせながら走りこんだ。
どういうわけか採用。
すると 真面目な上に優秀だったから、本格的な勤務となってしまった。
夫の帰国命令がでたとき、「奥さんが医学面での研究をつづけた方が 人類の
ためにいいのではないか。一人で帰国したら」と散々世間から言われたそうだ。
あとは どうしたのか 知らない。
インドネシア駐在員に同行した奥さん。
英語も苦手だったが、生活のためインドネシア語を少し学んだら
これが面白くなった。
チャンスがやってきたのでしょう。
しっかりと前髪を掴んで離さなかった。
数年でインドネシア語を習得。
今は、工場などに訪問してくるインドネシア人技術者に同行する通訳者だ。
技術用語に一度なれてしまうと 毎年ご指名されている。
英語通訳よりも 圧倒的に少ない言語の通訳者だから
政府案件の仕事も多数だそうな。

シンガポール駐在5年の某駐在員は、帰国命令が出て送別会で
「中国語を勉強しようかなぁ と思っていたうちに5年だよ。
やっておくべきだった 後悔だ」
着任したての僕はそれを聞き流した
つまり チャンスを見送ってしまったのだ。
5年たって
「中国語学習をやっておけばよかった」と僕もぼやきながら帰国。
日本で中国語を独学しはじめたが 中国語検定3級にもう6回不合格。
日本では 中国語を使う環境が無さ過ぎて 身につきにくい。
シンガポールなら あたり一面中国語だったのに。
不経済、低効率極まりない。
僕は アメリカでメキシコ人からスペイン語を半年ぐらい教わった。
まだ若かったから記憶力も低下してなくて 主要単語を覚えることができて、
20年ぐらいしてメキシコ出張の際、長距離移動の際に スペイン語しかわか
らない運転手へ「あそこで止めて ごはん食べようぜ」と言うことができた。
たいしたことはない報いだ。

テキサスで カーボーイ風の乗馬の仕方を習った。
北海道にでも行かないと その技術を使うところは日本にはない。
こうしてみると チャンスが来た時に その前髪を掴みながら
時間をかけて努力した人が チャンスを活かし切っている。
当たり前のことだね。
懐かしい歌だけど

西城秀樹さんの歌「チャンスは一度~♪」を 聞くと
だまって わが手のヒラを眺めて チャンスを逃がし放しじゃ
ないか とつぶやくのが常。
