目指すは千本中立売の「神馬(しんめ)」。
京都に住んでいた呑み仲間に教えてもらってから訪問のチャンスをうかがっていたが、1年以上叶わずじまいだった。
初訪問に当たっては、ひと月前に予約を入れ、準備万端整えて最寄りの二条駅に降り立った。二条から千本中立売までなら市バスも走っているが、早く呑みたい気持ちが勝り、駅前からタクシーに乗り込んだ。
が、初老の個人タクシー運転手氏は、神馬をご存知なく、住所を言ってくれという。こちらの期待が高まっているせいで、京都のタクシードライバーなら誰でも知っていると考えた私が馬鹿だった。
5分ほどで到着すると、運転手氏は、「なんや、しんばさんかいな」とつぶやく。地元ではそう呼ばれているのか、運転手氏のオリジナルなのかはわからないが、ひと月前から「しんめ、しんめ」と心で唱えて楽しみにしてきた身には、少し拍子抜け。
それはさておき、タクシーから降り立ち「神馬」と書かれた店構えを眺めると、あらためて訪問できた喜びがこみ上げてくる。

店に入り名前を伝えると、カウンターの角席を案内される。
左右のご常連さんに軽くご挨拶をして席に就き、名物の熱燗を注文。居酒屋の熱燗に名物もないだろうと思われるかも知れないが、こちらのお酒は灘の「白鹿黒松」「剣菱」など6種類を甕でブレンドしたものを燗銅壺で温めて出す。
「日本酒のブレンド」には、当初首を傾げたが、呑んでみて納得、というかこんな味の銘柄があったら、わが家の常備酒にしたい、と思えるような平明にして好みの辛口。
3つに区切られた白磁の細長い皿に盛られたお通しには、数の子や黒豆、海老などが盛られ正月の味。これを熱燗でいただくと、心も体もほぐれ、初訪問の緊張感も解ける。
注文したお造りの盛り合わせも、それぞれ程よい少量が盛られ大変おいしい。特に鯛は初めて味わう食感に暫く頭が混乱した。
かぶら蒸しもふっくら優しい口当たりの中にダシの旨味が溶けて、これまた熱燗によく合う。隠れている甘鯛を掬って口に入れると、これまたふっくらした蒸し具合と魚の旨さがたまらない。
最後にお隣の常連さんに勧められた鯖のきずし(〆さば)と4本目の熱燗をいただき満足して、夢心地のまま店を出る。
いい酔い心地のまま千本通り周辺をフラフラしてから、来る時のタクシーの中から目星をつけた銭湯「亀の湯」へ。

そういえば去年、三条の「伏見」で一杯やった時には、「孫橋湯」に入ったなぁ、なんてことを思い出しながら、熱い湯に浸かり、また「神馬」に来ようと心に決めた。