数ヶ月前、てんてんの実家に中学の同級生男子から電話があり、

「今北海道に住んでいるのですが、神奈川の実家に帰省したときに

中学の同級生と飲んで、てんてんさんの話題が出たので、連絡しました」

と、いい、自分の名前と電話番号を母に託した人がいました。


てんてんは、「数十年ぶりに急に連絡してくるなんて、何かの宗教か、怪しいものを売りつけられる

に決まっている!」と、連絡をしなかった。


そしたらなんと、いつもこのブログにコメントをしていただいていた

Dosさんだったんです!!!チョー驚きなんですけど!


でも、Dosさん、宗教に入る気はないし、何も買わないよ~(笑)

昨日のブログへのコメントをいただき、アメリカ銃社会で仕事を奪われたこともあったな、と思い出した。


卒業式の後、再びメイン州で通訳の仕事をするため、アメリカ横断を無事に終えて戻ってきたてんてんの

ところに連絡があり、「夏の通訳のバイト、なくなりました」と。


どんなバイトだったかというと、当時、ヘルシーだということでアメリカでも日本食が注目を集めていて、

メイン州のある企業が海苔の養殖を始めようということになり、その企業が、瀬戸内海で海苔の養殖

数十年という海苔マスターのおじさんを雇うことになった。そしてそのおじさんが7月にメインにやってくる

ので、それに合わせて、私もその海近辺に借りたアパートでおじさんと一緒に生活をするって

ことになったワケ。おじさんは英語の「え」の字も分からない人だし、生活がなかなかしにくいという

ことで、私が一緒に住んで、買い物やら身の回りの世話も兼ねて、通訳さんとして雇いましょうということ。


アメリカの4年制大学を卒業すると、それだけで、アメリカ政府が、一年間のワーキングビザを出してくれる。

(当時はね。9.11以降厳しくなったとは思う)なので、私はそれまで極寒の地で4年間を過ごしたので、

卒業後はハワイでも行ってバーテンでもやろうかとかのんきに考えていた。

でもその海苔の話があったので、まあ、旅行でもして、またメインに戻り、バイトしてお金を貯めてから

ハワイに行ってもいいかなと考え、メインに戻ってきたという経緯があったので、

ちょっと待ってよ!私はカリフォルニアまで行っていたんだから、ハワイまでもう少しだったのに、

わざわざメインまでこの仕事のために戻ってきたのに!!!


問題は、何故私のバイトがなくなったのか。

私が大陸を横断している間に、その数年前に南部の方で日本人の留学生がハロウィーンの日に

射殺される事件があって、その射殺した男の無罪判決が出ていたのだった。

トリック オア トリート と近所の家の敷地に入った学生は、「フリーズ」という言葉が

理解できず、撃たれてしまった。

で、その無罪判決のニュースは瀬戸内海のおじさんにも届き、そのおじさんが、

「アメリカはコワい!行きたくない!」と言い出したらしい。


で、急遽、おじさんがアメリカに来るのではなく、企業側が瀬戸内海のおじさんに

弟子入りすることになったという。


てんてんはと言うと、社長に直談判し、カリフォルニアからハワイまでの旅費を

現金でいただいた。ただ、結局ハワイには行かずに日本に遊びに

帰ってきたんだけど。



警察の世話になったことはあまりない・・・と思っていたケド、そうでもないてんてんです。


てんてんはアメリカのメイン州っていう、地図でいうところの、合衆国の一番右上の端(NYのもっと

北ですね)の大学を卒業し、卒業式の後も、メイン州で、通訳のバイトをすることになっていた。

でも、その仕事までに二ヶ月くらいあるから、大学の友人数人と、車でアメリカ大陸横断をすることに。

旅人はアメリカ人二人、ドイツ人二人、そして私を合わせて日本人二人という女子六人の構成。


ただ、てんてん一人は、カリフォルニアにいる高校時代にホームステイをしたホストファミリーの

所に飛行機で飛び、帰り道(南部の旅行)だけ合流することになった。

ロスで友人と待ち合わせして旅の一団に合流。ニューメキシコなどを回り、テキサスへ。


このテキサスの地が、私の鬼門であったらしい。

運転を代わって直後に、背後から、「ウ~」と、来てしまった。


しかも最悪なことに、テキサスに入る前に、サンタフェの宿泊先を出た直後、財布が

なくなっていたのに気が付いていた。よくやるじゃないですか、車に乗る前に車の屋根の上に

物を置いて、忘れてそのまま車を出してしまうってやつ。それだと思うのだが、

やばい、お財布落とした・・・しかもアメリカで・・・


でも、まあ、旅の途中だし、メインに付いたらまた考えようと、一応カード会社だけに電話をして、

そのまんまにしてあったのだ。


その、免許書紛失中に、スピードで捕まることになった。


ヤバすぎる。

アメリカの警官て日本と違いちょっとしたことを質問しても、

殺人の容疑者とでも話すように、超威圧的なのだ。それが、免許不携帯のスピードだから、

車を止めてから運転席の窓をコツコツ叩かれるまでの間、

「不携帯を知っていて運転していると、罪が重くなるのでは」と考え、

(まあ、本当のところは知らないが)


「免許証見せて」「トランクに入っている」

で、トランクを開けて財布を捜す(ふり)。「ないな~。無くしちゃったみたい」


ここで警察は、この怪しい日本人は無免許だと思ったに違いない。

だいたい、車はイリノイナンバーだし、しかも我々の車ではない(友人から借りてた)。

で、英語の分からない日本人が運転士と英語のできる日本人が一人。そしてなぜかドイツ人が二人。


名前と生年月日で、私が免許を持っている人間かを調べるために一人がパトカーに

戻っている間、もう一人の警官と外にいた。することもないし、そのあたりをうろつきながら、

ジーンズの前ポケットに手をいれた瞬間、

「ポケットから手を出せ!!!!!」と、警官が自分の銃を抜きこちらにつきつけた!


驚いたのは車の中に残っていたドイツ人。声で振り向くと、警官が

私に向かって今にも発砲しようとしてるわけ。

そこでこの二人、急いでビデオカメラの準備。

おいおい、違うだろ!


まあ、結局不携帯というだけで無免許ではないことが分かり、

「○月○日に××まで出頭するように」という紙をもらい、行ってもいいことに。

おお、日本より寛容ではないか!3万ぐらいの罰金は覚悟していたのに・・・


旅の途中の我々は、そんな一週間もあとの日にちにテキサスの警察へ出頭する

訳がない。だいたい、次の日には、テキサスのオースチンにいる友人の家に

行くことになっていたのだし。

で、オースチンの友人宅で、その話をすると、そこのお母さんが、

「一回目は放っておいて大丈夫。ただ、次にテキサス州内で捕まったら、

実刑ものだよ」


以来、私はテキサスで運転できない身の上になってしまっている。