今年も冬の風物詩、高校サッカー選手権が行われてる。

「ふりむくな、君は美しい」という定番曲が流れ、高校生のサッカーを観る、というのは僕にとっては欠かせないイベントだ。高校サッカー選手権は選手たちにとってはあこがれの舞台であり、大きな目標でもある。

ここから多くの選手がプロの舞台へ羽ばたいてきた。

中村俊輔、大久保嘉人、平山相太、大迫勇也・・・

そんな中でも僕にとって思い出深いのはこの選手。

 

 

平島 崇 (1982.2.3生)

初芝橋本高校(和歌山県)

 

 

和歌山県出身の僕にとって、初芝橋本高校は特別な強豪校だ。通称「ハツハシ」。1999年度の高校サッカー選手権。キャプテン、金明輝(キン・ミョンヒ)を中心とした守備をベースとしたチームだった。ちなみに金は高校卒業後ジェフ市原に入団。指導者としてサガン鳥栖などを指揮し、評価を得る事になる。

平島は4-4-2の右サイドバックとしてプレー。

圧倒的なタテへの突破力を武器に初芝橋本の攻撃をけん引した。一回戦は室蘭大谷に勝利、二回戦は多々良学園を下し、迎えた三回戦。相手は優勝候補の前橋育英だ。

この時の前橋育英には後にJリーグでも活躍する茂原岳人や松下裕樹がいた。

 

 

この試合は松下裕樹の直接FKで前橋育英が先制すると、終始前橋育英が試合を優勢に進める。そんな中で孤軍奮闘の活躍を見せたのが右サイドバックの平島だ。この背番号2は、劣勢の中でも個人で打開できるところを見せつけた。

何度も一人で眼前のDFを剥がし(「剥がす」という表現は当時は無かったが・・・)、前橋育英に脅威を与えた。

 

 

平島の奮闘もむなしく、試合は0-5でリードされたまま最終盤へ。ここで意地を見せたのがエースNO10を背負った、福田龍だ。どんな展開だったかは忘れたが、ゴールを決めスコアを1-5に。さらに終了間際にはPKを獲得。

キッカーは平島崇。

このPKを確実に決め、スコアは2-5に。

追いすがる初芝橋本だが、3点差で試合終了。

 

 

敗れた初芝橋本高校だが、平島はこの試合でスカウトの目に留まったのか?その後アビスパ福岡への加入が決まる。

その後の平島の活躍はご存じの通り。加入初年度の2000年からレギュラーをつかみ、福岡の主力となる。

この年、開幕では藤崎義孝(←冨安を育てた、として後に有名になる人)が右SBでスタメンだったが、持ち味のスピードと突破力を武器に徐々に出番を増やし、セットプレーからゴールも決めた(確かFC東京戦だったと思う)

 

 

高校サッカーで見せた突破力がプロでも通じることを証明してみせた、平島。2000年の2ndステージのVS磐田では果敢な突破で井原正巳のファールを誘いPK獲得。勝ち点奪取に貢献するなど、過去最高の成績を収めたチームの躍進に大きく貢献した。

 

 

話はだいぶ逸れてしまったけれど、高校サッカーで思い出に残る選手を何人かあげて、と言われたら間違いなく平島崇はトップ5に入る。それだけインパクトの強い選手だった。

 

 

<※1999年度当時、初芝橋本にいた主な選手>

DF 金明輝 (市原など)(鳥栖監督)

DF 八柄賢一(関西大、愛媛FCなど)

DF 前田和哉(C大阪、北九州など)

GK 室拓哉 (鳥栖など)