
昭和50年代からテナントで入り、親父とお袋が二人三脚で経営していました。
そして、親父の晩年、私も一緒に働いていた元事務所に寄ってきました。

(長崎大水害の時の写真です。ここは、頭の位置の所まで水位が上がりました。)

今は看板も生活臭も何もかも無い建物です。
晩年の8年間、一緒に働けて、良かったです。
私が社会人になってから、ずっと東京にいたので、離れ離れでした。
それが、いろいろあって、平成2年から一緒に働くことになりました。
学生時代から、親子なのに、あんまり話したことがなかった親父と結構話しをしながら、一緒に頑張りましたね。
酒と女が好きで、いろんな意味で勉強になりましたよ。
そんな親父が、ある日、歯医者に行ったとき、先生から大学病院へ行くようにと「紹介状」を渡されました。
血圧が高くて、糖尿病だった(本人曰く)ので、歯医者に行けないと言ってましたが、それが裏目に…
もっと早く歯医者に行っていたら……
大学病院へ行ったら、即入院ということで、お袋が呼ばれました。
お袋が病院から帰ってきたら、直ぐに、鍋を洗面所で洗い始めました。
多分…、涙を私に見せたくなかったのでしょう。
しばらくして、落ち着きを取り戻したのでしょう。
私を呼んで言いました。「手遅れで、あと3ヶ月の命らしか…」
私は言葉を失いました。
親父が社長、私が専務、お袋が電話番の三人でやっていた家業
最重要人物が舌がんに犯されてしまったのでした。
いきなり、経営全般を任されることになりました。
もう、精神的・肉体的に追い詰められてしまいましたね。
一気に、目の下にクマが出来、白髪も目立つようになりましたね。
今、思い出すだけでも、胃が痛くなります。
楽しいこと、悲しいこと、辛いこと、いろんなこと、総て詰まった元事務所
久々に行くとあの頃に戻ったようで、何故かほっとします。
最後の8年間、親子の時間を凝縮していたような気がします。
少しは親孝行できたかなぁ…いや、親孝行出来たと信じたいです。