平地がほとんど無い地形
三方が急斜面の山に囲まれ
南のみに海が開け江戸時代から「鶴の港」と呼ばれていた。
だから江戸幕府は管理(見張り)が簡単な
ここ長崎のみを貿易の拠点として開港したのですしょう。
戦前から人々は住む場所を山に求め
頂上目指し家を建てました
家の建築資材は人力と馬力のみの頃
大変だったと思います。
今でも馬で建築資材を運ぶ方がいらっしゃいます。
道が階段だったり、車が通らない狭い道だったり、大変です。

この写真のかなりの家が車どころかバイクも入らない階段の道の家です。
しかし、これが幸いしたのが夜景です。
山に競り上がる夜景は宝石箱の中を見ているような感覚です。
稲佐山からの夜景は日本三大夜景として全国的に有名ですが
風頭山公園や鍋冠山、唐八景、どんの山…
ちょっと山に登ればスポットはいっぱいです。
恋人達が今夜も夜景を眺めているんでしょうね。
