レクリエーションダンスという名前は1970年代にできあがりました。
そのころは「若草の髪飾り チェリッショ」「春一番」「私の彼は左きき」などの踊りがふりつけられていましたが 殆ど男女で二重円でバートナーを変えていく踊りでした。
そのころ「Ohクッキーフェイス」夏目雅子のCM {セクシーバスストップ」などがヒットしてきました。そしてそのレコードの表紙の裏には踊りのステップが足形で書かれていました。それを見ながら解読しておどるのですがすべて一人のおどり。そのころ原宿では歩行者天国では若者が踊りをおどっていて アバの曲他踊りがあり そのなかのひとつYMOのライディーンなどはレクダンスでも踊られました。
そしてそのころの創作者ができ始めた六本木のディスコに通い始めてレクダンスを作り始めました。「怪僧ラスプーチン」とか「ジンギスカン」とか。いまも「ジンギスカン」は受け継がれておどられているようですね。
というように70年代後半にレクダンスの踊りは激変してきました。
そしてそのころからジャズダンスやエアロピクスが踊られ始めました。BTRDでスポーツダンス特集を組んだこともあります。
BTRDの「フィジカル」はジャズダンスも取り入れた初めてのレクダンスでした。
ただしこのころの一人の踊りはまだ上体や手をつかうものはすくなくステップダンスが主流でした
この変化の中でレクダンスは交流のおどりなのか 一人で踊るものなのか愛好者の嗜好もわかれていき そのごレクダンスという物を多くの方に説明するのが難しくなってきました
そして愛好者もわかものから主婦層に代わってきました ジャズダンスなどの踊りもとりいれられてきました
つづく

