完全な歴史ではないですが知る範囲での流れをご説明します。
これからパラリンピックですがそれにもつながる歴史です。
1948年、グットマンは、脊髄損傷者のための競技会であるストークマンデビル競技大会を初めて開催した。というのがスポーツ大会の初めです。最初の意図は障害者の社会復帰を促進するためだったそうです。
これが1960年代には、バスケットボール、フェンシング、スヌーカー、水泳、重量挙げも車いすで行われるようになりました。そして第一回のパラリンピックがローマで1960年。そして2回目の1964年が東京オリンピックの時ですね。
1960に国際ストークマンデビル車いす競技連盟(ISMWSF)もできました。
さてダンスでの応用ですがいろいろと調べてみますと1960年代に スウェーデン とスコットランドで開始されているようです。1950年代にイギリスではじまったというのもあります。スウェーデンでは1968年に車椅子の方が始めたらしい。スコットランドでは民族舞踊で踊ったらしい。いずれにしても50-60年代にヨーロッパで始まったものですね。
その中で社交ダンス系統が一番発展。最初はペアのダンスであったようです。それが元ミュンヘン工科大学教授ゲートルード・クロムフォルツ博士(現・国際車いすダンス・スポーツ連盟会長)が、立って踊る人(スタンディングパートナー)と車椅子に乗って踊る人(ウイールチェアードライバー)の二人で踊るコンビスタイルを提案。これが1975年ころのようです。そして団体も設立され、日本にも輸入されました。
実は日本でもユニークダンスというのがあって、調べて行くとかなり古いです。私もこの団体と70年代後半から接触していました。1972-76年には東京青年会議所の主催で12月にホテルでユニークダンスパーティーが行われています。片岡みどり氏が始めたもので「身障友の会」が母体となっていました。いまある「ユニークダンス研究会」は1980年設立とありますが、おそらく70年代前半から各地でパーティーを行っていたと思われます。これは世界的に見てもかなり早いですね。81年の国際障害者年のころは障害者と踊るダンスが「ユニークダンス」だと思われていたような感じもありました。ユニークダンスは社交ダンスを基としたペアダンス。車椅子のほか視覚障害 松葉づえの人も踊れるダンスでした。
現在も各地で行われています。
世界に話を戻しますとダンスでは車椅子スクウェアダンスがよく行われているようです。車椅子をすごくうまく使って8人4組で ただし中に車椅子の人が入っているという形のようです。介助の方が動かしいてるのもあるようです。
このような世界の流れをまったく知らずに私は1978年に車椅子レクダンスを初めて行いました。この思想は当時レクリエーションダンスのある運動体が歩ける人ならだれでも踊れるとしていましたが、私はちょっと不満を持っていて、歩けない人もと思って車椅子で踊ることを考えました。ダンス的にはフォークダンスの応用でした。
日本での車椅子社交ダンスは90年代から競技のものもそうでないものも盛んになってきました。競技のものは国際的に連携しています
一般の中で90年代にはじまった車椅子レクダンス普及会もこのころは社交ダンスと名乗っておりフォークダンスも行いその後レクダンスに名前を変えて行きました。
レクリエーション系統の団体では他にも各地で車イスレクダンスを行っているグループも沢山ありました。
ここ半世紀で本当に盛んになりましたが、最初に始めた方がやはり素晴らしいです。