2年間悩んだことがある。
とある講座を受講するか否か、2年間も悩み続けたのだ。
理由は
・高額であるから
・仕事の都合をつけないといけないから
・そこまでして本当にやりたいのか?
・受講したところでその先、それを仕事にしたいと思っているわけではない
・そんな気持ちで、本気で受講している人たちについて行けるわけがない
とまあ、いくらでも悩む理由は出てくるものだ。
しかし、2年間も悩んでいるのだ。
それはつまりやってみたいということではないのか?
とりあえず、あと先考えず申し込んでみてはいかがか?
そんな声が聞こえてくる一方で、それをはるかに上回る大きな声が上記の理由を叫んでいる。
いろんな声が聞こえてくる中、「もう!うるさーーーーーい!!!」と
すべての声を黙らせ、私はやけくそで講座申し込みのボタンをポチっと押したのだ。
やってもうたで。押してもうたで。
もう知らんで。高いで。知らんで。怖いで。知らんで。
ボタンを押した後もガチャガチャ言うてくる。
そこでも私はピシャリ。
「黙って。後には引けない状況になりました。諦めてください」
自分の中にいる大勢のオーディエンスを無理やり黙らせた。
そんなこんなで3月にやけくそで申し込んだ講座がいよいよスタートする。
もともと、好きなことを深めたいという理由で申し込んだ講座なのだが、
不思議なことにその講座内容自体にはそこまで意味はないような気がしている。
今の時点で感じていることは、私にとってこの講座を受けて専門的知識をつけることが必要というよりかは
この講座を受けると決めて行動したことによって、どのように現実が変化していったか、
そして受講中にはどんなことを感じ、どんな教訓、メッセージなどを学び取るかがテーマであるように思っている。
ちょっと今回は、今までの私とは違うパターンで挑むことを決めている。
破天荒なそれらの記録をみなさまも一緒に楽しんでいただきたい。