伝衛門に宛てた燁子の絶縁状
| 私は貴方の妻として最後の手紙を差し上げます。私にとっては当然の結果外ならない・・・10年余り 生活を共にした伝衛門への手紙の内容は冷酷だった。 |
白蓮自筆
| 宮崎の父は孫文の盟友でもあり、博識で穏やかな龍介との結婚生活は一男一女も授かり幸せそのものだったが、龍介は肺を患い赤貧の中燁子は歌切れを作り生活をしのいだ。 |

当時のまま 遺されている 白蓮の部屋 [旧伝右衛門邸]
ホームページを作成したのは3年ほど前ですが
その一部を掲載いたしました
孤独を抱え その満たされない日々も 砂漠を潤す
オアシスの様に 龍介の直向きな愛は 白蓮 の
心を瞬時に沸騰させた
帯の幸せ
晩年白蓮は
かつての嫁ぎ先 飯塚 を思い出していたと・・・・
若き日には 情熱が勝り
時を経て 人の心の奥ぞ知る
伝右衛門と出逢っていなければ 歌人白蓮の
存在はありませんでした また龍介と出会うことにより
歌壇に光の矢が当たったのですね
どれも必然 ・・・・
資料白蓮


