一万人の友達 | btf20102のブログ

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台湾には、私が心の師として尊敬している方が二人いらっしゃいます。


一人は【亜細亜の追想・台湾編】に度々登場される葉さんです。


もう一人は、葉さんと知り合う前にお世話になった、張徳全と言う方です。


張徳全さんは私の仲人さんの友達から紹介されました。


そして、私が初めて台湾視察に行った時に、大変お世話になりました。



台湾へ行くのは今度で三度目です。


前の二回は観光旅行だったので、仕事で台湾へ行くのは今度が初めてです。


仕事だから、ガイドなしで行動しなければなりません。


そんな私のために、張さんが空港に迎えに来て下さる予定になっています。


ところが、お会いするのは初めてなので、お互い顔を知りません。


そのため、私の名前を書いたプラカードを持って待合室で待っていて下さるそうです。



二時間余りのフライトを終え、やっと台北空港に到着しました。


前回の空港は松山空港でしたが、今回は新しい桃園蒋介石国際空港です。


桃園蒋介石国際空港は初めてで、その上とても広い空港なので、無事に張さんに出会えるか少々心配です。


待合室でキョロキョロしながら張さんを捜しました。


すると、向こうからおじさんがニコニコ笑いながら近寄って来ました。


私はてっきりその人が張さんだろうと思いました。


心配していたので無事に会えてホッとしました。


私『張さんですか?』


おじさん『そうです。さあ行きましょう。』


おじさんは私達の手から荷物を受け取り、駐車場へ連れて行こうとしました。


そこに突然、初老のおじいさんが現れました。


そして、強い調子でそのおじさんに何か言いました。


すると、言われたおじさんは荷物をそこに置いたまま、あわててその場を立ち去りました。


その初老のおじいさんが張さんだったのです。


張さんが『時間通りに迎えに来たのですが、飛行機が早着したらしく、あなた達が税関から出て来るのが早かったようです。あなた達を捜していたら、ツァージャックに付いて行こうとしている二人を見かけたので、もしやと思い声をかけたのです。間に合ってよかった。』と言われました。


張さんから説明されて驚きました。


田舎者の私達は、すんでのところでツァージャックに連れて行かれるところだったのです。


ツァージャックと言っても、無理に要らないものを買わされたり、悪いレートでエクスチェンジをさせられたり、いかがわしいオネーサンを強制的に紹介されたりするぐらいで、身体の危険はなかったようですが、それにしても危ない所でした。


知らない所を連れまわされたら、どうなっていたか分かりません。


落ち着いて考えて見ると、さっきのおじさんは私の名前を書いたプラカードを持っていませんでした。


それに、顔を知らないはずの私達の所へすぐ来ました。


少し考えれば張さんではないと分かるはずですが、緊張してすっかり頭に血が昇っていました。


全く情けない話です。



張さんのおかげで、ツァージャックの被害に会わず、無事、台北のホテルにチェックインする事が出来ました。


部屋に落ち着いた後、今後の相談をしました。


張さんに今後の私達の予定を聞かれました。


私達の予定と希望を言うと、張さんから『分かりました。私に任せて下さい』と心強い返事を頂きました。


張さんのおかげで、翌日から滞在期間中を通じていろいろな人に会い、沢山の会社を訪問し、誰でもは見せてくれない工場を見学する事が出来ました。


張さんに紹介された方達の中には、普段なら会う事が出来ないような方々がいらっしゃいました。


例えば当時世界一の生産量を誇るナイロンメーカーの社長や、世界一の洋傘メーカーの社長や、沢山の台湾の政財界の方々です。


打ち合わせが終わると張さんから有り難い申し出がありました。


張さんが『台北の街は不慣れでしょうから、滞在中はこの車を自由に使いなさい』と言われたのです。


つまり、台湾滞在中は『運転手付のベンツを使いなさい』と言う有り難い申し出です。


しかし、そこまで張さんに甘えるわけにはいきません。


私は『確かに今の私達にとって台北は不慣れな街です。しかし、今おっしゃったような張さんの厚遇に甘えていると、今度来た時も依然として台北の街は不慣れな街のままです。今後、私達は仕事でこの台北へ来なければなりません。その時のためにも、台北の街を自分の足で歩き、自分の才覚でタクシーやバスに乗れるようになりたいと思います』と言って、張さんの好意を丁重にお断りしました。


そんな私の思いを張さんは快く了承されました。



打ち合わせが終わると、張さんが『私の店で食事をしましょう』と誘って下さいました。


話によると張さんは台北市内や台中・高雄に六店も海鮮料理のレストランを経営されているそうです。


しかも、それはサイドビジネスで本業は機械類の貿易との事でした。


そんな方に空港まで出迎えに来て頂いてすっかり恐縮しました。


しかし、張さんはそんな大実業家であるにもかかわらず、ちっとも尊大ぶったところがなく、気さくで親しみやすい方です。


葉さんと同じく張さんも酒は全然飲まれません。


そしてこれまた葉さんと同じく話の好きな方です。


その上話題も豊富です。


食事が終わると、張さんがバッグの中から何やら包みを取り出しました。


包の中には錫の壺が入っていました。


そして、壺には高級そうなお茶の葉が入っています。


そのお茶の葉で、張さん自らお茶を煎れて私達に勧めてくれました。


そして、私達が飲み終わるのを待って、『どうですか?』と尋ねられました。


高級なお茶の味など私には分かりません。


どう答えていいか分からず、『はいウーロン茶ですね。(当たり前です。)』と、トンチンカンな答えを言ってしまいました。


私の答えを聞いて、張さんは笑っていらっしゃいました。


そこへレストランの支配人がやって来ました。


そして、支配人が張さんに『私にもそのお茶を一杯飲ませて頂けませんか。』と頼みました。


張さんの許可を得ると、支配人は恭しく湯呑にお茶を注ぎ、ゆっくりと香りを嗅いで、おもむろに飲み干しました。


支配人の話によると、このお茶は全国の品評会で特選を取ったお茶で、一斤(台湾では六百グラム)二十万元(台湾元)以上するお茶だそうです。


そんな超高級茶とはつゆ知らず、私はそのお茶を一気飲みしてしまったのです。


何と豪気な飲み方でしょう!



張さんから伺った忘れられない言葉があります。


私はその言葉に深い感銘を受け、その後、その言葉は私の人生の指針の一つになりました。


張さんの言葉


『私は世界中に一万人の友達を作ろうと思っています。だから台湾に来られる方はどなたであれ、私にできる事なら何でもお世話させて頂こうと思っています。幸い、現在私は自分の生活に困らなくていいようになりました。多少の財産も出来ました。しかし子孫にお金を残しても、子孫次第ではすぐになくなってしまいます。お金はどんなにあつても有限です。しかし世界中に一万人の友達を作ったらどうでしょう。もし将来子供や孫が何かで困る事があった時、一万人の友達の中で一パーセントの人でも私との交誼を覚えていて下さって、そしてその人達が困っている子孫のために何かの力になって下さるとしたら、世界に百人の協力者がいる事になります。これはどんなお金にも換えがたい力です。人との関係は無限です』


何とスケールが大きい考えでしょう。


張徳全さん。


まさに名前通りの方でした。