☆BTE 2021-12-03記
Easter Parade:

 

イースターパレード、特に、ニューヨークのイースターパレードは有名です。

 

インターネットで見ると、次のように紹介されています。

『イースター・パレード』は、イースターの時期に行うパレードです。アメリカのニューヨーク5番街で行われる『イースター・パレード&ボンネット・フェスティバル』が有名で、19世紀末から春の恒例として続いています。

 

楽しい、春の祭典ですね。また、1948年のアメリカ映画の「イースター・パレード」で、その様子がよく分かります。

 

Easter Parade (1933)

Songwriters:IRVING BERLIN


「Easter Parade 」英語詩:

曲名:イースターパレード

美艇香津 訳詩

 

In your Easter bonnet, with all the frills upon it, 
  そのイースターボンネット、かざりをいっぱいつけて
You'll be the grandest lady in the Easter Parade. 
  きみはいちばんのレイディ、イースターパレード
I'll be all in clover and when they look you over, 
  みんながきみをみる、しあわせなだけ、
I'll be the proudest fellow in the Easter Parade. 
  ほこらしいきもちの、イースターパレード

 

On the avenue, Fifth Avenue, the photographers will snap us, 
  とおりは、フィフスアベニュ、フォトグラファがねらうぼくら
And you'll find that you're in the rotogravure. 
  すぐに、きみのしゃしんがグラビアにのるのをみる

Oh, I could write a sonnet about your Easter bonnet, 
  お、ソネットもかける、そのイースターボンネット
And of the girl I'm taking to the Easter Parade. 
  あのこといった、イースターパレード

 

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さっそく、1行目、この歌の出だしを見ます。

 

In your Easter bonnet, with all the frills upon it, 

 

Easter bonnet イースターボンネット

※上記のインターネットの紹介記事にもあったボンネット、婦人帽の基本的な型の一つ、です。

frills フリル(幅狭の別布、あるいは共布の縁を、絞ってギャザー(ひだ)を寄せたもの。)

 

イースターボンネットやフリルの具体的なイメージは、色々調べてみて下さい。

訳も、普通にできそうです。ちなみに、パソコンの自動翻訳で見ると、

 

⇒イースターボンネットに、すべてのフリルが付いています

 

となります。その通りですね。でも、歌詞の翻訳をしようと言うのですから、それを日本語で歌らしくする必要があります。

 

「イースターボンネットに」の所は、イースターボンネットを見惚れる感じなので、その晴れやかさを強調したいので、

 

 そのイースターボンネット

 

そして、「すべてのフリルが付いています」の所は、その状態であることは間違いないのですが、もう少し、言い様があるでしょうという訳です。歌は詩であり、それを書く人は詩人という位ですから、やっぱり、表現の選択があるのです。

 

「フリル」という語をどうするかが、まず問題になります。「フリル」と言って、我々も、外来語ながら、分からないわけではないのです。とは言え、やはり、外来語、「フリル」と聞いて、それが何かを少し考え、理解するために、頭を、少し、でも、実はかなり、働かせなくてはなりません。特に、服飾になじみの薄い人たちには、もしかして、「もう、分からない」になります。

 

そこで、当訳詩者の世界では、「フリル」は「かざり」に置き換える事で、まずは、すんなり、この行を理解できるのです。それで、

 

 かざりをいっぱいつけて

 

です。自動翻訳が教える、「すべてのフリルが付いています」という状態は、言い方として、あまりにも即物的で、詩情はありません。それで、「いっぱいつけて」と言うと、「いっぱい」で、華やかさや、気持の入った様子、「つけて」で、その為の、イースターボンネットを付けた当人の、嬉し気な意志を読み取ります。

 

1行の訳の説明に、思わず、ずいぶん、掛かりました。当たり前の、普通な文ほど、その意味は、すぐに、誰にでも分かっているので、それを、歌の詩として、日本語にするのには、何かと説明が必要になります。

 

次の行です。

 

You'll be the grandest lady in the Easter Parade. 

 

ここは、「the grandest lady」を、どう訳すかだけですね。

 

grand 雄大な、壮大な

lady  婦人

 

でも、「壮大な婦人」とは訳せないですね。何の事やら、意味が分からない、という事になります。イースターボンネットが立派過ぎて、それが「壮大」なんだという事でしょうが、そうは言っても、それで、その婦人を誉め讃える事にはなりません。

 

まだ、この歌の先の方の事ですが、この歌は、イースターボンネットのレディを、誇らしく、嬉しく思っている歌なので、少なくとも、それを示唆する言葉が欲しい所です。

 

そうすると、「the grandest lady」、しかも、「grand」の形容詞最上級ですから、当訳詩者に出て来る言葉は、「いちばんの」です。言葉の短さもちょうどよいですね。

 

in the Easter Parade イースターパレードで

 

この「で」は、歌では、もうそこに居るので、省けますね。それに、「で」を言うと、音符も足りなくなります。だから、


  きみはいちばんのレイディ、イースターパレード

 

です。

 

次の行です。辞書を見ます。

 

I'll be all in clover and when they look you over, 

 

in clover  安楽に、裕福に

look you over (ざっと)目を通す、見渡す(あなたを)

 

パソコンの自動翻訳で見ると、次のように翻訳が出ました。

 

⇒私すべてがクローバーにあること、およびそれらがあなたを点検する時、

 

これでは、中学の英語のテストでも、あまりよい点は取れません。

 

訳詩者は、まず、普通の和文訳を決めなければなりません。その為には、この文の情況を把握し、理解する必要があります。

 

「look you over」というのは、大きな通りのパレードの中で、人が、あなたを、見て、通り過ぎる、という状況でしょうか。あなたを注視するということではないようです。人は、ただ、人混みの中で、気が付かないでいるのです。そして、この歌を歌ってる人は、幸せな気持ちでいっぱいになるはずなのです。

 

この歌は、「You'll」、「I'll」、「the photographers will。」など、これから、間もなく起きる事を想い描いていますね。この事は、押さえて置きたいですね。翻訳文のどこかに、ふと、そういう気持ちが滲み出て来るかも知れません。

 

この状況を自分の言葉で、日本語で言うと、それは、自分が、そうだと思う、その景色です。

 

この場合、語順も変わります。というか、何を何しての、言い方の順序が、英語と違っても、もう、構いません。翻訳して、語順の前後が変わるのは、それは、ある面で、言各語の固有のあり様に関わる事なので、これも、いつか、学者先生に考えてもらえたら、という事にして、訳は進めます。

 

「when they look you over」、人があなたを見る、人の目にあなたが映る時、人は、はっきりとは何か驚いたり、目をみはったりしなくても、「I'll be all in clover」、自分は、とても、幸せなのです。

 

「all」とあるのは、「とても」という事ですね。だから、

 

  みんながきみをみる、しあわせなだけ、

 

そして。歌の第1連目は、ここで、次の行で、落ち着きます。

 

I'll be the proudest fellow in the Easter Parade. 

 

the proudest  (最上級の)誇りに思う、誇らしい

fellow 仲間

 

「フェロー」という言葉は、「イースターパレード」で、その時の、ある役割を果たす人としての位置付けがありそうですが、そこまで読み込んで訳文を作る事は、とても、出来ません。そして、もう、この行の訳文は、形を表します。

 

「I'll」の「私は」を言わなくてもよいでしょう。そして、それは、未来形で言われていて、そうなると想像しているのですが、その、未来の言い方、「..でしょう」は、そこまで、歌で付き合う必要はありません。現在、未来を表す、日本語の文法的表現、「です、ます」や、「でしょう、だろう」は、使わなければよいだけです。英語で聴いている人には分かっているのですが、日本語で聴いている人には、後で、この歌は、未来形の情景で歌っている歌なんだ、と説明すればよいのです。

 

  ほこらしいきもちの、イースターパレード

 

なので、こうなりました。

 

では、この歌の第2連目に行きます。

 

On the avenue, Fifth Avenue, the photographers will snap us, 

 

Fifth Avenue ニューヨークの五番街

the photographers  (複数)写真家(今ならば、パパラッチですね。)

snap スナップ写真を撮る

 

「五番街」ですが、英語の音、「フィフスアベニュ」をそのまま借ります。ニューヨークの雰囲気は、これで、出て来ます。そして、「写真家」は、音符と文字数が合うので、、「フォトグラファ」にします。「カメラマン」もありますが、敢えて、考えてみると、「フォトグラファ」は、「フォト・グラファ」の2拍で、「カメラマン」は、「カメ・ラ・マン」と3拍になりそうです。それは、そんな感じがして、音符と合わせにくいという事です。それと、「フォトグラファ」だと、それはプロですが、「カメラマン」だと、カメラを持ってるだけのただの人かも知れません。などなど、こんな事も考えて、という事です。それが、日本語ネイティブの語感でもあります。

 

また、「写真家」は、「しゃしんか」という音になりますが、それは、漢字で見たら、その人たちの有り様を、すぐに、理解しますが、音で聞いたとき、ちょっと、「何?」という回路が働きます。特に、「..か」が、いくつかの漢字を思い起こさせたりして、少し邪魔します。「え~っ、そうなの?」と言われるかも知れませんが、この辺りは、もう、学者先生の領域で、これ以上は、そんな気もする、という位で、何か断定できる事でもありません。日本語ネイティブの領域なのです。

 

というわけで、訳は、こうなりました。

 

  とおりは、フィフスアベニュ、フォトグラファがねらうぼくら

 

「snap」は、「狙う」でいいですね。週刊誌の契約写真家、パパラッチ、それが、もう、遠慮会釈なく、シャッターを切って来て、自分と彼女は、注目を浴びているのです。

 

だから、もう、

 

And you'll find that you're in the rotogravure. 

 

rotogravure  グラビア

 

週刊誌のグラビアが、英語では「rotogravure」とは、辞書で見て知りました。

 

いつの間にか、カメラを持った人たちが、彼女に気付き、その、比べるものない程のレディ振りに、大騒ぎで、周りを囲む、そんな情景が目に浮かびます。

 

ここでも、文の現在形、未来形は、気にせず、構わずに置きます。翻訳だから、「..でしょう」とか、「..だろう」とか、「..のはず」とかにしないと、訳として正しくない、などと野暮な事は言わない事にしましょう。というわけで、こうなります。


  すぐに、きみのしゃしんがグラビアにのるのをみる
 

この後、この英語の詩の作者は、自分たちの芸術文化の装いを借りて、この歌を盛り上げます。「ソネット」は、インターネットで見ると、

 

『14行から成るヨーロッパの定型詩。ルネサンス期にイタリアで創始され、英語詩にも取り入れられ、代表的な詩形のひとつ』だそうです。

 

Oh, I could write a sonnet about your Easter bonnet, 

 

その、美しい詩も、自分の中から、自然に出て来そうな位に、彼女が素晴らしいのです。それさえも出来そうなほど、というわけで、「I could」と過去形で英語が書かれます。ここまでの行で使っていた、未来形ではなく、未来形なら、それは、間もなくそれを見るという期待感で一杯なのですが、ソネットは、それを書くぞ、ではなくて、そんな文化的最高の成果も得られそうな程の自分の高揚感を伝えたいのです。その象徴が、イメージの中で輝く、彼女のイースターボンネットなのです。


  お、ソネットもかける、そのイースターボンネット

 

そして、最後の1行になりました。

 

And of the girl I'm taking to the Easter Parade. 

 

自分と連れ立って歩いている、女の子、彼女、です。ソネットに彼女の事が書ける位に、素敵な、輝く彼女なのです。

 

ちなみに、最後の2行は、

 

「..Easter bonnet of the girl I'm taking..」と、続いている、一つの文です。

 

その女の子を、「I'm taking 」と現在形で言っています。今、連れて歩いている、という所ですね。

 

  あのこといった、イースターパレード

 

訳では、「行った」と過去形になりました。それを説明すると、英語では未来形の文が、日本語では、現在形(少なくとも、未来形の文ではなく)になりましたが、そうすると、英語では現在形の文は、日本語では過去形になってもよさそうです。「それは、どうして?」と言われそうですが、「それでは正しい訳ではない」と言われたくはないものです。日本語で未来の事象を現在形表現で文にしたとき、本当に現在ある事を、同じ現在形表現にすると、それまでも、まだ現実化されていない未来の事象と受け取られかねませんが、今、確実に現在である「彼女と来ている」ことを言うには、過去形で、それは、現在完了形かも知れませんが、言い切ってしまう事は必要だった、と言って置きます。

 

あるいは、それは、もう、自分の中では、素晴らしい思い出になって、自分の中に定着してしまっているので、過去形表現になったのだ、とも言えます。

 

歌を訳すのは、原詩の歌を理解すると共に、自分の中に、同じ歌を見付けることでもある、などと言いたくなります。

 

-完-

 

(余白残興)

 2021.12.3記:

 

イースターパレードが、今、どういう風になっているのかは、現地に実際に行ってみないと分かりません。昔の人の、その子ども時代だったときのイースターパレードの話を聞くと、その晴れやかな、そして、シンプルで、分かりやすい、浮き浮きしたお祭り風景が語られたりします。

 

そうすると、ちょうど、今年、ニューヨークに旅立った日本のプリンセスのことも、頭に浮かびますね。来年の春には、ニューヨークの五番街のイースターパレードを楽しんで欲しいものです。

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YouTubeを拾っておきます。

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