
これが現実
Jackです。
終わりましたね、衆議院選挙(-_- )
フタを開けてみれば自民党の単独過半数ですよ。
この結果を国民はいったいどう思っているのでしょうか……。
ココはバンドのブログなので政治的な事を書くのはオカシイのかも知れないけど…。
なんかやりきれなくて(-_- )
結局この選挙はなんやったんやろう?何を問うて何を是とするのか?与党は信任されたと錯覚し、野党は一部を除き共闘が効を奏したと勘違いする……。そして一番の元凶は有権者の無関心故の投票率の低さ。
·今の野党が政権持ってもねぇ~………。
·どうせ選挙行っても変わんないから。
·政治の事はよくわからんから…。
とか聞きます。残念ですが。
ボクの住んでる下関市は国民全ての人が知ってるであろう安倍晋三前首相の選挙区です。
確実に当選します。絶対です。不思議なくらいめちゃめちゃな早さで当選確実になります(笑)
どのぐらい不思議かというと
見てください!得票数ゼロで当確出てます(笑)
対抗馬でれいわ新撰組から出馬した竹村かつしさんって候補が負け戦とわかってて、この下関から立候補しました。そしてかなり前からこの選挙に向けて準備してきてたようです。現にれいわ新撰組のポスターが自民党の牙城にけっこう貼られていました。
客観的に見て安倍晋三前首相が当選はするだろうけど、今回ばかりは得票率は下がるんじゃないかって、山口の有権者は思ってたと思う。すると………締め切りギリギリに第3の候補が出てきました。多分誰もが自民党VSれいわの一騎打ちを避けたと考えたんじゃないかな。ただこの候補、本当に自分の意思で国会議員になろうと思ってるのか?誰かに踊らされてるんじゃないのか?って思うくらい腹立たしかったよ(-""-;)
まず
·ほとんど選挙掲示板にポスター貼ってない。
·オフィシャルの選挙ネット上での政策質問に全て白紙回答。
なぜ出馬した?変な意図を感じるのはボクだけか?
そして選挙結果。
もちろん安倍晋三前首相当選です。
でも得票率の下馬評は最低でも85%ぐらいはイクやろうと踏んでたみたいだけど、結果は70%。有権者も今回は自民党に対して「しっかりせえよ」ってゲキを飛ばした結果かもしれませんね。
そして対抗馬の竹村かつしさんにはお疲れさまでしたと労いたいです。このガチガチの自民党の牙城に針の穴かも知れないけど風穴を開けた事は間違いないと思います。
腹立つのはもうひとりの候補です。
見てください。

結局、最後までオフィシャルの選挙ネットにも写真や政策をまったくアップしませんでした。
有権者をバカにしてるのにもホドがあります。
まあ、ココまでやると結局一騎打ちを避けるための出馬でしたと思われても仕方ないですね。そしてその構図を書いたのは自民党安倍晋三事務所なのかと勘ぐられてしまいますね。
残念です。
これが現実。少子高齢化、税収は下がり社会保障額は増える、ツケは今の若者。
そうならないためにも、もっと世代を越えて政治を語っていこう。ぼくらは一票という意志があるんだから。
フランス革命は街角のカフェで世の中を変えたいと考えていた若者たちが夢を語り合ったことから始まったと思う。
10年後のニッポンを途上国レベルのGDPにしないためにも老若男女が一票という意思を持って地方自治体選挙、住民投票等、一人ひとりが参加することが大切だと思うんだけど……どうかなぁ。
なんかエラそうに書いてしまった。
不快になったらごめんなさい。スルーしてくださいね。
今日は邦楽。メッセージ性強め。
ではまた(^-^)/
六連島~練習③のハズだった…
Jackです。
木曜日は先週に引き続き六連島のオレオ君の宿舎兼集会所(避難所)の改装工事に行って来ました。
今回も始発便で渡りましたよ。
出港時は日の出直前
(後方の照明はお馴染みのJR下関駅)
関門航路六連側を航行中に日の出(^_^)v

到着後、宿舎からの朝日

SUNROADの先に見えるのが下関市。
この景色を眺めながらオレオ君や島の人たちがくつろげるように、壁改修&カウンター造作に取りかかります(^.^)
今回はニシジマイネン君に加え、友人のコアラ君も参加で作業もスイスイ(^_^)v
順調に造作進行!
そうです!夕陽です。
窓から朝日を臨んで作業開始して、夕陽を浴びる頃にカウンターの造作が完了しました!
あとはカウンター両サイドの壁とカウンター下の腰壁の造作で終了!
最終便で帰ってメシ食って
Beat the CRAZYS
のスタジオ練習じゃー!
のハズだった…………(゚Д゚ ||)

既存のコンセントが熱損で危険な状態なのでコンセントの交換をして新しい腰壁に設置しようとしたんだけど、これがまたカベウチの骨が死んでてなかなかコンセントが取り付けられなくて、腰壁のコンセント穴の造作も手間取ったため、遂に最終便をあきらめて泊まり込みで作業を完遂することに!!( ; ロ)゚ ゚
そして
お疲れさまでした!
なのでボクはスタジオ練習に参加出来ず(-_- )
他のメンバーもモロモロ所用で出席者が少なかったようで、ベースのゆうきから哀愁漂う写真が送られてきました(笑)
来週は必ず参加しますからね(^_^)v
ではまた(^-^)/
P.S ぼくらが今やってる六連島の活動は
六連.jp にて随時更新中なので是非ご覧ください。フォローしていただくと、宿舎の住人、六連島地域おこし協力隊のミヤギ(オレオ)君の励みになりますのでよろしくお願いいたします。
寂しいなぁ…
Jackです。
もう発表されてるみたいなので知ってる人は知ってると思いますが、九州最大の歓楽街福岡市の中洲にあるLIVEハウス
博多メモリーズ
が10月末日をもって閉店します。
残念です。
我がBeat the CRAZYSも縁あって2度ほど出演させて頂きました。そのうちの1回はレギュラーステージを持たせていただきメンバー全員緊張して演奏したのを覚えていますf(^_^)
ハウスバンドのSHADOWSさんとはメモリーズの他、下関の東京第一ホテルでのLIVEパーティーでもご一緒させていただきました。
ありがとうございました。
個人的には博多メモリーズとその前身の博多ケントス、両方に感慨深いものがあって、特に博多ケントスについてはボクが学校でて福岡市で会社員やってた時、上司に連れられてケントス店内へ行くと生演奏のあまりの迫力に衝撃を受けたのを今でも覚えています。
学生時代に映画「アメリカングラフティ」や「グリース」等を見てオールディーズが大好きだったせいもあり、その後も博多ケントスに通いました。バブル期でお金もソコソコ稼いでたのですが、それでも当時の博多ケントスはボクにとってかなり贅沢な遊びでした。
ボクは当時バンドなんかやってもないし、一人暮らしのアパートにオモチャのキーボードとモーリスの安ギターがあるだけで暇なときにひとりで弾いて遊ぶぐらいしか音楽に触れてませんでした。なのでケントスに行って華やかなステージを見てるといつも「スゲーなぁ」「気持ちイイやろうなぁ」なんて思ってて、やはり当然ボクの視線は自然とキーボードを見てましたねf(^_^)けっこうイケメンのキーボーディストでした(笑)
時は流れて、ボクがサラリーマン辞めて地元に戻って店やり始めて、地元のバンドやってる知り合いに
「キーボードが足りないから少しだけ手伝って」
と言われたのがバンドを始めたきっかけ。
当時38歳(2003年)
それから今のメンバーに出会い、コツコツと練習とLIVEを続けて2012年、当時レギュラー出演していた小倉のLIVEバーでSHADOWSのドラマー、トシさんと衝撃的な出会いが。そしてトシさんのプッシュもあり
悲願のBeat the CRAZYS博多メモリーズ出演決定!となりました。
かなり前にもこのブログで書いたと思うのですが、ボクに言わせると、博多ケントス(メモリーズ)はオールディーズ界の甲子園でしたからね(笑)そりゃあもううれしいやら怖いやら。
バブル期に客席からステージを観ていたサラリーマンJackが約30年の時を超えて視線の先にあったステージに立ったのです(笑)
繋いでいただいたトシさん感謝ですね。
もちろん今でもお付き合いさせてもらっています。
なんかだらだらと書き綴ってしまいました。読み辛かったらごめんなさい。
そんな訳で
博多メモリーズ、ありがとうございました。
そして
メモリーズの関係者の皆さん、SHADOWSのみなさん、本当にお疲れさまでした。
最後に我がBeat the CRAZYSが博多メモリーズに出演した映像をどうぞ(^.^)
ではまた(^-^)/










