僕は何がやりたいのか!? | 三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」

三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」

①ミサワ整骨院&治療②トレーナー③社長業やもろもろの活動④プロレス⑤はまじめに健康指南⑥酔いどれて裸祭り⑦世の中や人生について語る。7人のボルサリーノ三澤が登場する、多重人格日記。毎日お楽しみください!

僕の夢はプロレスラーになることだった。
秋田県大館市で育った青春時代。中学・高校とサッカー部に所属しながらも、プロレスラーになるための練習をこっそりと行っていた。
そして、僕はプロレスラーとなった。
しかし、僅かデビュー2カ月での大けが。リング上で僕の足はピクリとも動かなくなった。
頸椎損傷。「一生車いすかも、社会復帰出来ればよい方だ。」との医者の言葉。
その言葉を裏付けるように、麻痺した手足、ベット上での寝たきり生活、鋭い痛み、強烈な現実が僕に襲いかかった。
リハビリの日々を続けるなかで見えてきた希望。マヒした手足が動きだして来たのだ。
見切り発車のまま、僕はもう一度リングに立った。
しかし、爆弾を抱えた頸椎は再び悪化し、再欠場。再復帰を目指しリハビリを続けたが、もう一度リングに立つことを運命は許しはしなかった。
僕は人生の岐路に悩みながら、プロレスのメディカルトレーナーとなった。
治す側へ。それはトレーナー制度のなかったプロレス界に新たな道をつくることであった。
ケガで泣く人を増やしたくない。きちんとケガのケアを出来る人間、ケガを作らないようにする人間が必要だと思ったのだ。
その思いは今、スポーツをする全ての人たちへの、これからを生きる全ての子供たちへの思いとなっている。
不本意なケガで夢をあきらめざるえない子供を減らすこと。これが僕のやりたいことである。
しかし、どうしても起きてしまうケガもある。
その時、その後の人生をどう生きるか?
僕はプロレスラーの夢を断たれたが、今を、人生を満足して生きている。
そして、今回出会った秋田のヒーローである超神ネイガー。今でこそ成功者のネイガーであるが、彼もまたケガによってプロレスの道を断たれたひとりである。
同じ年に秋田に生まれ、同じプロレス界に入門した、同じような運命の二人。
その二人が20年の月日を経て、秋田で同じプロレスのリングに立つ。
そこにあるのは、目指した夢が破れても、また違う夢をみることができるのだというメッセージ。
これはケガで泣く子供たちを減らすためのイベントであり、万が一ケガで人生が狂わされても、人はまた違う夢をみて生きて行けるのだというメッセージを送るイベントである。
お金をかけた子供たちだけが得られる情報ではなく、全ての子供たちが等しく情報を得られる機会があるようにすること。

多くの子供たちに参加してもらえるよう今回のイベントを無料開催としました。。
そのための方法として、
クラウドファンディングサービスREADYFOR?にて、「FIGHTING AID大館」プロジェクトをスタートさせました。

「READYFOR?」
https://readyfor.jp/projects/FIGHTINGAID

募集期間内に満たない場合は、0円になってしまう仕組みですので、成功のお手伝いをしていただけたらありがたいです。
どうかご支援をお願いいたします。

FIGHTING AID 公式サイト
http://www.fightingaid.com/


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