これは、今年はじめに逝った従兄の残した手記である。
①②③④よりの続き
改めて思い返すと、みんなに「申し訳ない、ごめんなさい」と謝らなければいけないことは、山ほどあって書き切れない。
自分勝手なことも多く迷惑ばかりかけてごめんなさい。
それよりも、みんなに「ありがとう。」って感謝したいことが、あまりに多すぎて、やっぱり書き切れない。もし「ありがとう」を全部書き綴ったら、どれくらい長い長編物語ができあがるだろう。
それぐらいありがとうって伝えたいことが多い。
「人は逆境に立ったととき、回りの方々の有難さを知る」と言うけれど、ほんとうにそうでした。
これまでも、今回も、みなさんほんとうに有難うございました。
最後の最後に、やっぱりもう一度洋子に改めて感謝したい。
洋子へ、とても一言では語り尽くせない。
だから、全てを込めて、
有難う。ありがとう!
それから、龍太と剛へ
後悔のない人生を歩んでね。応援して、必ず助けていくからね。
と1/15のうちに書こうと思ったけど、ここまで書くのに1/19までかかってしまった。
1日1ページのペースかな?だいたい。
そうしていったら、弱気な自分がいなくなり、洋子、龍太、剛、兄、ババ、姉さんたち、そして元気くん始め、たくさんの方や友からの励ましで、前向きな自分が戻ってきた。
この手紙はラストメッセージじゃない。
この手紙は、退院祝いのときの、みんなへのざんげと感謝の手紙として、笑い話にするぞ!!
2011、1、19(水)昼 12:30
(これは単なる今までの50年の短いふりかえりにすぎない。これからの人生を新しく歩むから)
この後、肺線維症にて50年の生を終える。
合掌