子供の頃、よく思っていた。
地球型の惑星じゃなくても、酸素を必要しなくても、その環境に合わせた生物がいるんじゃないの?
漫画なんかでも、人間にとっては有毒な環境から生まれた生物なんかが登場した。
みんな何でそう考えないのか不思議だった。
大人になり、徐々に理解した。
世界には崩してはいけない最低限の根本的原理があると。
だから物理・科学の当てはまらないオカルト現象は否定される。
根本的原理を踏まえたうえで世界の現象は思考される。
常識は時代時代で変われども、根本の原理は変わらない。
先日のNASAの発表。
生命を成り立たせる6元素を考えなおさなければいけない話し。
ようやく考え方を変えたのに、また元に戻すの?って感じ。
子供の頃の自由な発想、空想、妄想。
大人になるにつれ、あり得ないこととあり得ることを区別して来た。
それが知識を得るということだった。
自由な発想は捨ててはいけない。
常識を当たり前だと思ってはいけない。
ただし、今回の発見は、リンがない代わりにヒ素が代用されたということで、最初から何でもありの環境で生命が生まれるか、とまで行く話ではない。
ただ、可能性は広がり、絶対あり得ないという考えは壊された。
医療の世界でも、脊髄神経は再生不可能から再生可能への道が開かれている。
世界は何でもあり。
これは大事な考え方だが、同時に怖い考え方でもある。
根本的原理が崩れるということ。
それが全てに及ぶのは危険でもある。
たとえば人間のモラルや倫理について。
医療においても、現代医学から離れた行為が効果を発揮することもあれば、命を奪うこともある。
科学や物理学が世界の全てではない。
しかし全てが自由に成り立つわけでもない。
世界は、ロマンと無限大の可能性を肯定されつつ、混沌に迷いこんでしまったのかもしれない。
と、こんな話しをしていたら、某トレーナーが、
「抗生物質もどんどん効かなくなってきますからね。」
それはまたちょっと違う話しのような気が・・・
今日も意味なき出来事に意味を考える。