新日本プロレスに入門した若手のころから、よく先輩のマッサージをしていた。
こいつは上手いと言われ、いろんな方からマッサージを頼まれることが多かった。
保永さん
橋本さん
木戸さん(これは足踏み)
猪木さん
同期の大利が、これまた下手で、頼まれることが少なくて、最初に下手にやるのが肝心だったなと、悔やんだものだ。
当時は人のマッサージで時間がとられるのはきつかったのだ。
諸先輩のなかでも、一番多くマッサージをしたのが、星野勘太郎さんである。
試合前の会場や仕合後のホテル。
けっこう毎日のように頼まれた。
僕がトレーナーの道を志してからは、修業先の整骨院によく訪れた。
時間もアポも関係なしにやって来た。
笑えるのは、3台ある駐車場を一台で占拠する停め方をしていた。
駐車場に入らないときは、商店街に堂々と停めていた。
「三澤のマッサージは日本一だ。」
いつもこう言っていただいていたのが、ある時から
「三澤のマッサージは世界一だ。」
に変わった。
トレーナーになってからもちょこちょこ。
このちょこちょこが一回二時間くらい。
当時は筋肉がガッチリあったので、超強もみを好んだ星野さん。
二時間全力で押すにはかなりの力を使った。
ちなみに猪木さんも超強もみ3時間くらいだったので、二人を連続でこなすとヘロヘロであった。
当時は疲れているときなど避けたい気持ちもあったけど、
今になって、あれで鍛えられたんだなと思う。
星野さんとは試合をしたこともある。
試合についてはあまりアドバイスをもらった記憶もなく、
マッサージをしたことの記憶の方がやはり強い。
この道に進むなんて思ってもいなかった若手時代から、修業時代、トレーナーになってからと、
星野さんは、ずっと僕の成長過程を体でみていた方だったんだな。
僕がトレーナーとして成長して行くのに連れ、星野さんは痩せられて、マッサージをあまり頼まれることもなくなり、接する機会も減ってしまった。
「三澤のマッサージは世界一だな。」
この言葉に恥じないよう、これからもトレーナー業を歩みたいと思います。
星野さん、ありがとうございました。
合掌