朝。文化の森行きのバスまで30分。
どこで時間を潰そうかと思って、駅構内のベンチに腰かけて、Twitterを眺めてた。
すると後ろから「すみません」と呼ぶ声。
私かなあと思ったけど、振り向かずにいたら、もう一度「すみません」と呼ぶ。
振り向くと、きれいにお化粧をした可愛らしいおばあさんが、あまり使わないから分からないと、お年寄り向けのケータイの使い方を聞いてきた。
どうやら電話のかけ方が分からないよう。
番号を入力したら、最後に受話器が上がっているマークのボタンを押すことを教える。
「ありがとう」と言われて前へ向き直すと、後ろから「もしもしー…あ、○○ちゃん…?」と言う声が聞こえてくる。
よかった。繋がったんだ。と思っていたら、もう一度、おばあさんが「ありがとう」とお礼を言ってくれた。
嬉しい出来事。
けど、ふと思った。
このおばあさんは、次、また電話をかけるときに、一人でケータイを操作することができるのだろうか。
次もまた、誰かに声をかけて教えてもらうのだろうか。
私は、塾でアルバイトをしているが、いつも思っていることは、生徒が、私が教えたその時だけ、理解するのではなく、その次もまた、一人で解けるように、自分で答えを導き出せるように、理解を促すことである。
だから、根拠を必ず言う。
どうしてそのような考え方をするのかを、できるだけ分かりやすく言う。
形式的な解法を教えるだけでは、意味がない。
ひとつひとつの式変形においても、その目的と根拠を説明する。
教えるということが、押し付けにならないように。
サボろうと思えばサボれることだけど、生徒たちは、「分かりたい」「解けるようになりたい」という気持ちで、塾に来ているはず。
そりゃ、親に言われていやいや来ている生徒もいると思うが。
生徒が勉強に前向きに取り組めるように、勉強が分かるということで、その子の学校生活が、より楽しいものになるように。
だって、中学生、高校生の間にやっておきたいこと、やっておくべきことなんて、いっぱいあるでしょ。
だから、せめて勉強面においては、私が役立てたらなあと。
いろんなことを願いながら、自転車を漕ぐ日々。
だから、
1日だって、
1コマだって、
1問だって、
全力だ。
