
、、、そして、5年後、2019年9月22日のスーパーフェスティバル82トークショー。須賀貴匡(すが・たかまさ)さんが役者になろうと思ったきっかけは?、、、須賀さん「十代の頃、映画少年で、岩井俊二監督のスワロウテイルに影響を受けて、映画にたずさわりたくて俳優を目指した」

須賀さん「仮面ライダーのオーディションの時は、仮面ライダーのタイトルは知っていたが(須賀さんが子供の頃仮面ライダーは放送していなかったので)タイトルを知っているだけで、きちんとは知らなかった」

須賀さん「仮面ライダーが13人いるので、1ヶ月に1人誰かが死ぬと思っていた。ライダーを演じる役者はいつ死ぬかわからないで、演じていた」

須賀さん「最終回の前に城戸真司が死んだのは、僕が1番衝撃だった。1年間、城戸真司を演じて龍騎への思いはピークだったので、車にもたれて死ぬシーンは特別だった。その後、別の仕事で東映の撮影所に行くといつも、あそこで死んだと思い出す。今考えると、仮面ライダー龍騎は攻めていたドラマだった」

須賀貴匡(すが・たかまさ)さん「仮面ライダー龍騎のあの1年間は、その後の俳優人生の指針になった」

須賀さん「ライダータイム 仮面ライダー龍騎は、龍騎の15周年で出演者が何人か集まった時、何かしたいという話になって、俳優発信で白倉伸一郎プロデューサーに話をしに行って実現した」

前回のスーパーフェスティバル81・萩野崇(はぎの・たかし)さんのトークショーで鈴村展弘監督⬇が途中から参加しましたが、今回も鈴村展弘監督はトークショーの途中で、須賀さんに呼ばれてステージに上がって仮面ライダー龍騎の撮影時の秘話を語ってくれました。龍騎の時よく須賀さんの実家のお店に飲みに行ったそうです。そのお店には13種類のネタ(海老を龍に見立てた)を使った龍騎丼というメニューがあったそうです。

鈴村監督が、「仮面ライダー龍騎で、すがっち(須賀さん)の初登場の場面は前日、お酒を飲み過ぎて顔がパンパンに腫れていた」と言うと須賀さんは「あれは台本に書いてあった。僕は台本に書いてあることしかやらない」とこたえたり、、、鈴村監督がステージに上がってからは須賀さんはふざけまくって楽しかったです。鈴村監督がステージに上がるまでは須賀さんはおとなしかったので、、、もしかして須賀さんは人見知りなのでしょうか?
