ブログネタ:嘘泣きしたことある?
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本来の私はどちらかというと泣き虫です。
ただ、成長段階で
泣き虫はダメだという教育をうけてきたように感じます。
叱られて、めそめそすれば
泣くなと怒られ
泣くと負けという感じでした
悲しくて泣くというよりも悔しくて、泣くというのが多くなった中学時代
泣くことが恥ずかしいのに、涙が止まらない自分に嫌気がさしていました。
そして、泣かない強い事に美学を感じ
人前で泣くことに恥を感じていました。
いつも無理して、涙を堪えていました。
そんな私でも、卒業式には泣く方が良いと感じていました。
いつもの私なら、自然と泣くと思っていましたが
常に、泣くことはダメだと自分自身をコントロールしてきた事で
今は泣いても良いという場面になっても
涙が出そうになれば、体が勝手に防御し泣けない人となっていました。
その時初めて、驚きと自分にどれだけ圧力をかけつづけていたのかと言うことに気がつきました。
結局、肝心な場面では泣くことができず・・・
あくびして・目を乾かして、ちょっとうるっとさせる程度
これが、私の嘘泣きです
それから、本来の自分を取り戻したいし、そういう自分自身を認めてあげたい
(楽になりたい)という気持ちが強くなり
20年くらいかかって、やっと元に戻りつつあるなぁと感じるほどになりました。
映画でも素直に泣いたり、人の死に号泣したり・・・
別に、泣く人がやさしいとか、感受性があるとかそういうのではないと思います
悲しくても泣かない人だっています。
でも、私自身はどちらか?
といえば、涙もろいタイプです。
わたし自身を大切にして年を重ねたいです。
本来の私はどちらかというと泣き虫です。
ただ、成長段階で
泣き虫はダメだという教育をうけてきたように感じます。
叱られて、めそめそすれば
泣くなと怒られ
泣くと負けという感じでした
悲しくて泣くというよりも悔しくて、泣くというのが多くなった中学時代
泣くことが恥ずかしいのに、涙が止まらない自分に嫌気がさしていました。
そして、泣かない強い事に美学を感じ
人前で泣くことに恥を感じていました。
いつも無理して、涙を堪えていました。
そんな私でも、卒業式には泣く方が良いと感じていました。
いつもの私なら、自然と泣くと思っていましたが
常に、泣くことはダメだと自分自身をコントロールしてきた事で
今は泣いても良いという場面になっても
涙が出そうになれば、体が勝手に防御し泣けない人となっていました。
その時初めて、驚きと自分にどれだけ圧力をかけつづけていたのかと言うことに気がつきました。
結局、肝心な場面では泣くことができず・・・
あくびして・目を乾かして、ちょっとうるっとさせる程度
これが、私の嘘泣きです

それから、本来の自分を取り戻したいし、そういう自分自身を認めてあげたい
(楽になりたい)という気持ちが強くなり
20年くらいかかって、やっと元に戻りつつあるなぁと感じるほどになりました。
映画でも素直に泣いたり、人の死に号泣したり・・・
別に、泣く人がやさしいとか、感受性があるとかそういうのではないと思います
悲しくても泣かない人だっています。
でも、私自身はどちらか?
といえば、涙もろいタイプです。
わたし自身を大切にして年を重ねたいです。