実はブログに書こうか書くまいか、とても悩んだ。

色々あっての代々木上原からの引越しだから。


思えばこのマンション、何年借りていたのかな?

10年位になるのかな?

途中、何度か放置状態になったりしていたから実際にここで

暮らしたのは10年中6年くらいだろうか?いや、もっとかな・・・



代々木上原駅改札出て突き当たりの右側のマンション。

雨の日でも傘ささずに駅まで行けたっけな。


本当に色々な思い出が詰まってる。

住み始めの記憶とかはどっかに行ってるけど、ここで起こった

数々のドラマは決して忘れない。

たくさんのごめんなさいと、たくさんのありがとう。

たくさんの泣き顔とたくさんの笑い顔。

(いかん!涙が出てきた・・・)


片付けや家具の分解作業などしながら、一つ一つ想い出を

辿ってみたりしてみた。

そんな時に、随分前になくしたアクセサリーや写真とかがタンスの

隅から出てきたりして、本当に胸の熱くなる作業だった・・・。



ここにベッドがあった。ベッドの下のじゅうたん見るのも10年振り。

10年積もったホコリもさすがに重そうなヴォリュームだった。(笑)

あ、斜めっている袋はテンテン・ベルトね。左の箱は英語教材ね。

どっちもほとんど使わなかったなー。



一通りの分解作業が終わると、知り合いの廃品回収業者が

来てくれた。そして積まれていく俺の家具たち。

本当に本当に長い間ありがとう。そしてご苦労様。

たかが家具なのに、何でこんなにも悲しくなってんだろうう!?


出て行く決心をするまでには、代々木上原のご近所さんたちからも

散々引き止められたけど、結局は覚悟を決めた。


多少ペースはダウンするものの、代々木上原はこれからも通り道。

今まで通り、大好きなスタッフのいる大好きな店には普通に行けばいいさ。




今回、ここで数ヶ月前に起きた決定的な出来事が引越しを決意させた。

大きく何かが変わろうとしている自分にはきっとこの部屋は必要無く

なったのかも知れない。


最後に部屋を出て改めて表札を眺め、深く扉に頭を下げて部屋を後にした。


とにかく、今は陽の当たる方向へ少しでも前に歩こう。








音楽業界に入った人間の多くがそう感じていると思う。

『一般人として音楽を聴いていた時代と聴き方が変わった』


僕もそうかも知れない。

ただ違うのは、業界入りする前に聴いて気に入っていた音楽を

今聞いてもそうは感じないということ。


Wild Heart Of The Young(1982年発表)/Karla Bonoff(カーラ・ボノフ)



このアルバムの中に、“Just Walk Away”という名バラードが潜んでいる。

もちろん彼女のベストにも入っていない。

恐らく僕の人生の中で、大好きな5曲に入る曲かも知れない。

それ位何度も聞き込んだし、自分自身の時間の流れを刻み込んだ曲だ。


今日、たまたま知人がi-podにその曲を入れていた。

あんなに大好きだったのに何年振りに聞いたんだろう・・・。



*Bestとなってますが、Best盤には入っていません。


直ぐにヘッドフォンを奪い久しぶりに聞いてみた。

ヤバい、鳥肌が立って周囲の景色と匂いが何だか当時の感覚になった。


音楽好きでもそうじゃない人でも、思い出とともにリンクする音楽って言うのが

きっと少なからずあるはず。

音楽を聴いてその頃を思い出すパターンと、その頃を思い出すとカーステレオから

流れてたあの曲を思い出すパターンの2系統があると思う。


僕にとってのこの曲は、まさに想い出の引き出し。

昔から自分の部屋にあるタンスの引き出しの一個なんだけど、何かを探そうと

思って偶然引いてみると、そこにはちょっと色褪せているけど当時のままの形で

しまった物が残っている・・・そんな感覚なんです。


だから、その後は何もせずにまたそっとしまって置きたくなる・・・・・

そんな大事な想い出の引き出しのような曲なのです。



一昨日は大阪、昨日は名古屋で昨晩帰ってきた訳ですが、

大阪南部からの移動ということもあり、西名阪・東名阪国道を

乗り継いで名古屋入りしたのです。


途中、実は僕の家のお墓がある街を通るので、これもご先祖様に

呼ばれたものと思い、急遽同行のアーティストと一緒にお墓参りへ。



三重県亀山市というところが最寄り駅。

カメヤマローソクや液晶の亀山モデルが最近では有名な町ですが、

基本的には何もない静かな街なのです。

旧東海道の宿場町としての名所、関もここからすぐです。



これがその関。趣きあるでしょう??

この町並みの中に、僕の遠い親戚も居たりします。


自分の家の出生がここだということだけで、今の家族でここに

住んだことのある人間は誰も居ませんが、お墓がある以上は

大事な場所として意識していかなくてはなりませんね。


今は祖父と祖母が眠るお墓も、やがては両親もそこに入る訳です。

東京からは遠い場所ゆえ、参拝者も滅多に居ないのでしょうが、

お寺のご住職がいつも綺麗にしてくれているので、その日のお墓も

なかなか立派でした。


お花を変え、お墓に水を掛け、お線香をお供えし諸々のヒット祈願と

今後の人生の運気上昇をお願いしてきました。


今は仕事もプライベートも大変な時期。

きっと、ご先祖様が「寄ってけ!」と言ってくれていたのだと思います。