着る岩盤浴「BSファイン」のブログ

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さて、郷里に帰ってからも、一部の仕事が継続しており昼は加茂繊維の仕事。夜は断りきれない設計の仕事と田舎に帰ればゆっくりできると思っていたのですが、より忙しくなってしまいました。

(でも朝露の中、畑から作物を取って料理をした時は、本当に幸せな気分になりました。)

当時、加茂繊維の社員は地域の人口の1%約80名出地元の民間企業では社員数NO,1企業。

ところが、加茂繊維の社員の大部分は、近所の人以外は息子がいることすら知らない。実は私、会社の経営は姉に譲ると決めていたので、一度も会社に入ったこともなく、見たこともなかったのです。

まるで突然わけのわからない人間が、大きな顔して社内を闊歩!良くある光景です。

会社と思って帰ってきたのですが、実は個人商店そのもの!会社の中には組織があるのですが、職制が機能していなし。これって会社じゃない、工場だ!!

このころから、真剣に会社を変えないといつかは会社がなくなる!これはちょっと話が違う!

私は自分の事務所を持ったり役員や顧問をしていたけれど、経営は全くの素人!また製造業もよく知らない!!これが22年前のわたしの原点!!なんとかしなくては!!!!!

まず、社長の指示でメーカーの本工場にて3ヶ月間実習!新卒の高校生の中に36歳の叔父さんが一緒に勉強する。このころメーカーは絶頂期、皆さん熱心に教えてくれ、モノづくりの原点に触れ、真髄を習得できました。

今でも当時のスタッフの皆さんには感謝しておます。遅い日は10時過ぎまで教えていただきました。

さて、いくら良いことを学んでも、実行するには、人を動かすには、私の技量はひくい。建築の世界では、私より優秀なスタッフがいつも実行を担ってくれた。しかし、この会社では全てが非常識!一部の社員以外は仕事の中身も分かっていない。基本的な用語も知らない。現場に必要な工務指標も出せれない。→続く

高校を卒業後、私は18年間一人暮らし。お酒の飲みすぎでちょくちょく検査はしていましたが、入院することは一度もなく、親に感謝していました。


ところが、医師の診断は入院検査、そして加療、ひどければ片足切断!病名は「バージャー氏病(突発性脱疽)」

足の動脈が閉塞し、足に血液を送らない。歩くと足が酸欠になり、けがをすると化膿して腐ってくる難病とのこと。


この医師の宣告は、如何に私でも半身を失くした気分になり、半日ほど落ち込んでしまいました。

このとき持ったことは、スポーツができない、自由に出かけれない、そう!自由がなくなる。

しかし覚悟ができた後は、新品のたばこを1箱買い、堪能してきっぱり禁煙!

(後で聞いたのですが、その話を聞いて父もヘビースモーカーだったのですが禁煙したそうです。)


そして、医師の勧めで最悪は神経を切除するから子供がほしければ早く結婚しろとのことで、家内と出会い

めでたく結婚!

時を同じくして、頑強だった父と母が入院!!当時姉もいなかったために後を継ぐ者がいない!!

私自身、自分の作品も雑誌に載るようになり、なんとか建築家とし認めていただけるようになっていた。


ここまで自由に自分の夢を追い求めてこれたのは、両親、家族、友人、同僚、そして加茂繊維の社員がいたからこそと思い、自分の拠点を郷里に移し2足のわらじを履く決心をしました。


当時は、ビッグプロジェクトは終わっていたのですが京都文化博物館の路地店舗や大手電位メーカーの内覧会、ショールーム、老舗の会長ご夫妻のセカンドハウス等の設計を手がけており、仕事を極力受けないようにしてUターンの準備をしなんとか一年で仕事を縮小し郷里に帰りました。→続く


その頃は、私は父の事業についてしばらくは興味がありませんでした。

実は私が高校に入ったころ、父は林業に見切りをつけ現在の加茂繊維を創業していた

のです。また、その頃姉が父と一緒に仕事をしていたので、姉が後を継いでくれればよい

と考えるようになっていました。

私自身は、好きな建築の仕事を続け、建築家になることがすべての目標でした。


この建築の仕事を行うなかで多くの方との出会いがあり、数多くのプロジェクトをさせて

いただくことができました。

名古屋時代、京都時代と本当に多くの方との出会いが現在の私を生かしていただいて

いると今も実感しております。


京都時代に私の建築家としてのライフワークともいえる作品ができたのですが、当時私の

抱えていた仕事はビッグプロジェクトに加え、個人住宅、商業施設、大手電位メーカーの

ショールームなど多岐にわたり、ついにはストレスで身体を壊し、ドクターストップが出て

しまい、当時100mも歩けなくなっていました。

まさに難病指定患者!足を切るか!たばこをやめるか!どうするという医師の言葉に

あっさり、タバコやめます。

実はそのころ私は有名なチェインスモーカー、1日にハイライトを5箱も吸っていたのです。

→続く