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SHIROSUGI~デザイン思考を診療に

若手歯科医の思考の足跡

先日、大学の後輩が結婚したと聞きました。



その後輩なんですが、話を聞くと



まるで漫画のような恋愛をしてきたみたいなんです。








彼自身は背も高く性格もよく、



ほんとに非の打ちどころのないような好青年。



欠点といえば字が汚いくらいなもので、周りのみんなからも慕われています。








その彼女さんも、一度ちらっと見たことがあるのですが、



やはりきれいな方で、まさに美男美女カップルといったところです。








しかもその二人、もともと幼稚園か小学校くらいからの幼馴染で、



中学生くらいの頃からつきあっていて、そのまま高校、大学、社会人と付き合い、



先日ゴールインしたっていう、ドラマのようなゴールデンストーリー。



なんにせよ、本当に幸せになってほしいものです。








…さてさて。








恋愛しているときって、



どうしても相手のことばかりに目が向いてしまいがちですよね。



とくに最初の頃は、相手が好きなものはなんだろう、とか、



相手が喜んでくれるにはどうしたらいいだろう、とか、



相手主体で考えていることがほとんどだと思います。








男からすれば



「彼女が一番」って状態になっていると思うし、



女性からすれば



「彼のために一生懸命」なんて状態になっているかもしれません。



最初の頃はこれでもしょうがない、だって好きなんだから笑








しかし、ずっとこのままであるとか、



相手の顔色ばかり窺うような恋愛になってしまってはちょっと問題です。








そもそも恋愛っていうのは、



自立した男性と女性が寄り添って同じ方向を向いていくものですから、



相手本位になってしまっては本末転倒というものなわけです。








もちろん、好きっていう感情が最初にやってきて一緒にいたいと思う、



相手のために尽くしたいっていう気持ちも痛いくらいわかります笑








でもそれは一時的なものであって、



やっぱり互いの関係を通じて自分を成長させていかなくては



付き合っている意味がないと思うんです。








恋愛にしろ仕事にしろ、



互いを高め合うことのない関係は考えものでしょう。








本来、



人は誰かのために自分の能力を使う=貢献する、



というところに生きがいを感じる生き物です。



なので貢献するためには、自分を常に高めていかないといけない。








恋愛だと、どうしても相手の力になりたいと思ってしまう。



優しい彼氏や彼女でいたいと思ってしまう。



それは自然なことだと思います。








でも自分が弱いままだったらどうなるでしょう。



相手に寄りかかりながらの優しさってのは、



自分の弱さの裏返しかもしれない。



自分がしんどくなったときは手を差し伸べられないかもしれない。



それは本当の優しさじゃないと思うんです。








相手がしんどい時もあれば自分がしんどい時もある。



そんなとき、自分がしんどい時でも



相手にちゃんと手を差し出してあげられる、



それが本当の優しさだと思うんです。



人に寄りかからず自分で立っている、だからこそ人に手を差し出せる。








僕は、本当に優しい人っていうのは、



どんなときでも自分一人で立っていられる強さを持っている人だと思うんです。



優しい人は強い人。



だからこそ、まずは自分が自立しなければいけない。








別に、自立してから恋愛しろ、というわけではないんです。



むしろ恋愛中は自分を顧みることができる本当に貴重な機会だと思います。



だからこそ恋愛している間で一人でいられる時間を大切にするべきだと思うんです。



自分一人の時間を大切にし、その間に自分を振り返って自分に磨きをかける。








「自分自身のパーソナリティだけで輝く私を目指すという意識を持ち、



アイデンティティを確立させる」



とは斉藤茂太さんの言葉ですが、



そもそも恋愛感情っていうのは、



それぞれの個性が輝いているから湧き上がってくるものなんだと思います。








その個性に惹かれ、付き合うようになり、互いを刺激し合う。



それにより互いに成長できるという関係。



それが理想なんじゃないかなと思うわけです。








ということはやっぱりどうしても、



自立していることがどうしても、必要になってきますよね。








自立って簡単にいいますけど、これは難しい。



精神的にもそうだし、経済的にもそうだし、時間的にもそう。



そしてすべてを自分で律することのできる「自律」をめざさないといけないんです。








これは恋愛関係に限った事じゃないと思います。



これからの社会で生き抜くためには「自律」はキーワードになってきます。



会社に依存していたら自立ではないですよね。



この人は俺のすべてだ!なんて関係も自立ではないような気がします。








ネット環境やテレビなどの影響もあり、



自分一人の時間を確保するのって案外難しい世の中です。



そこをなんとかしてヒトリ時間を確保し自分と見つめ合ってみる。



そして自分は何をしないといけないのか、何ができるのかを考える。



それが「自律」への一歩だと思います。








本当に強い男になりたいものです。

僕は中学生から高校生にかけて、



将来に対して漠然と不安を抱えていました。



僕はこのまま生きていってどうなるんだろう?…と








中学を出て高校に入って、



周りの人と同じように大学に入って、



企業に就職して、プライベートでは結婚して子供も生まれて…



そんな「普通な生き方」ってどうなんだろう?



そう考えるようになっていました。








中学生なら高校生という「次」がある。



高校生なら大学生という「次」がある。



大学生なら就職という「次」がある。



そうやって、「次」を目標に、



「次」を拠り所にして生きていけると思っていたんです。








でも……








そのあとはどうなるんだろう?



って考えたときに、



漠然とした不安を覚えるようになったんです。








就職したら…どうなるんだろう?



昇進か?でも社長になれるわけでもないし限りはある。



ということはこのまま生きていったとしても必ず道がなくなるときがくる、



そう思うようになっていました。








それでもその不安に目をつぶり



でも大学に入れば何か変わるかも、



就職すれば何か変わるかも、



そんな淡い期待を胸に抱いていました。



どこかで目を背けて考えないようにしていたんだと思います。








それでもやっぱり昔抱えていた不安は的中します。








「この先どうなるんだろう?」



「どうやって生きていけばいいんだろう?」








それは大きなものを失ったわけでもないし、



なにか人生に絶望するような出来事があったわけでもないんです。








ただただ、



目の前の道がなくなってしまったことに対する漠然とした不安。



残っている道は、一般的に「よい」とされている生き方だけ。



その生き方を選んでしまったら、もうあとには戻れない。



もう最後までそのまま行くしかない。








そんな自分の行く末が見えてしまったような気がして、



自分の人生は誰かのひいたレールの上を走るだけでいいのか、



そんな疑問を感じるようになってきました。








そんな時、



なんとなくしていたネットサーフィンで一人の男と出会います。



それが……








和佐大輔。








車いすに乗る身体障がい者でありながら、



インターネットを使ってビジネスを行い自分の思うような生き方をしている。








「こんな生き方をしている人がいるんだ…。」



こんなおもしろそうなことをして、楽しそうな生き方をしている人がいる、



「もしかしたら何かが変わるかもしれない…」



そう思ったのを今でも覚えています。








そこから僕の人生は少しずつ方向を変えていくのですが…








さてさて…








その後のエピソードは別に書くとして、



今日は少し視点を変えた話をしたいと思います。








…人生の行き先がぼんやりと見えてしまい、



今後の生き方に不安を覚えていた僕。



何もしなくても時間は過ぎてくし、



今までと同じことをしていても今を変えることはできない。








人間は、



「自分はどんな人間で、何をして生きていくべきなのか」



ということを、常に自問自答して生きていかないといけない生き物です。








しかもつらいことに、



それには正解がない。








哲学者ラッセルの著書「幸福論」にこんな一文があります。



「ヨーロッパは多くのことが成し遂げられたため、



これから若者たちが苦労して作り上げなければならない新世界など存在しない。



ゆえに、若者はやることがないため不幸である。



一方、ロシアや東洋諸国では



これから新しい社会を作っていかなければならず、



若者たちが努力すべき課題が残されている。



ゆえに、若者たちはやることがあるため幸福である」








これって現代の日本、



特にこれからの若い世代の人たちにすごくあっている言葉だと思うんです。








言ってみれば、



すべきことのない社会=すべきことを与えられない人間=不幸で



すべきことのある社会=すべきことの与えられた人間=幸福だ、



ということだと思うのです。








苦労して作り上げないといけない社会を作っている段階では、



やることもたくさんあるし、それにともない経済成長も期待できますから、



それをよりどころにして頑張って生きていける。








しかし高度経済成長がストップしたことで、



経済成長をよりどころとすることはできなくなった。



むしろ就職難と言われているし、



発展途上国の優秀な学生が日本に出入りするようになり、



グローバルと言いながらそのあおりを受けているのはいまの大学生だったりします。








つまり、いまや、



自分の「外側」に拠り所を求めることができなくなったということです。








ならばどこに拠り所を持つべきなのか。



それは自分の「内側」です。








自分の内側。








それはどういうことかというと、



自分なりの価値観、考え方、軸、尺度…



そういうものを持ち、それにしたがって生きていく、ということです。








もっといえば、



その尺度にしたがって、



自分なりに考え、自分なりに理解し、自分なりにカタチにする。



そういう思考をしていく、ということです。








外側に拠り所があったこれまでとは違って、



外側から押し付けられた価値観ではなく、



自分のモノサシをよりどころにしないといけないということです。








さらに、



この自分なりの尺度を持つうえで大切なのは、



相手のことも認めないといけない、ということ。








自分なりの尺度を持つ、ということは、



相手も同じように彼の尺度を持っているということ。



つまりそれぞれが自分なりの尺度をもっているわけで、



それぞれが違って当然で、互いが互いを認めていないといけない。












「”偉大なる航路”はまだまだキミらの想像をはるかに凌ぐぞ!



敵も強い。キミにこの強固な海を支配できるか!?」



ONE PIECEのなかの一説です。



ルフィがレイリーに言われたとき、ルフィは彼にこう言い返しました。



「支配なんかしねぇよ。この海で一番自由な奴が海賊王だ!!」








従来では海賊王といえば、海の支配者であったり、



究極の財宝を探しあてたものがそうだと考えられてきたわけですが、



ルフィは違う。








一番自由な奴が海賊王。








そう言い切ります。



明確な自分のモノサシを持っています。








そして彼には



ゾロ、サンジ、ナミ、チョッパー、ウソップ、ロビン、、、、



多くの強い仲間たちがいます。








彼らは見かけ上ルフィに従っていますが、



上司ー部下という上下関係ではなく、



同列にいる仲間、という立ち位置をとっていますよね。



同じワンピースを目指しつつ、その目的はそれぞれが違う。








これって今の僕らの時代の生き方を象徴していると思うんです。



ルフィは誰かを支配するわけでもない。



ゾロたちもルフィに従っているわけでもなく、同じところを目指している。



それぞれにはそれぞれの目標があって、



それがたまたま一致しているから同じ船に乗っているだけのこと。








SNSの発達により、



多くの人たちとつながりを持てる時代でありながら、



そのつながり自体は緩いものになってきている。








だからこそ、



旧来の価値観に支配されるのではなく、



自分の価値観、モノサシで進んでいき、



それに共感する仲間と一緒に歩いていく。



そこでは互いの目的は違えど、互いを尊重し認めあい、否定することもない。








それができるのは、



みなが自分の内側にモノサシ、を持っているからだと思います。







自分の外側がよりどころを与えてくれていた時代は終わりました。



これからは自分のモノサシを持っていないと生きていくのがしんどい時代です。



でもだからこそ、そこに希望がある。



そう思って、進んでいきたいものですね。