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SHIROSUGI~デザイン思考を診療に

若手歯科医の思考の足跡

昨日の記事で、



選ぶより選ばれる人になろう、



ってことを書きましたが、



今回は少しそのヒントになりそうなことを書いていこうと思います。








毎日毎日、診療を通じて、多くの患者さんと多くのお話をしています。



そんな中、診療をしていていつも感じることなのですが、



「同じ診断名でも、患者さんによって訴え方は全く違う」



ということがあります。








当たり前といえば当たり前なのですが、



本当に訴え方は千差万別。








患者さんがいくら訴えても、



歯が痛い⇒虫歯だ。



歯茎が腫れた⇒歯周病だ。



とは一概に言えないもので、その奥に潜む原因を突き詰めなければ



正確な診断にはたどり着かないんですね。








これは、言い方を変えると、



「同じような訴え方だとしても、まったく違う診断になることがある」



ともいえるわけです。








先日診ていた患者さんの中に、印象深い方がいらっしゃいました。








その方は、「3日前から歯が痛い、食事をするときに特に痛みがひどくなります。」



ということを主訴に来院されました。








だいたいこういったケースの場合、



虫歯が深くまで進み、神経に到達してしまったという想像をするのですが、



実際に口の中を見てみると、食べ物が歯茎の奥の方にはさまっており、



そのせいで歯茎が腫れあがり、少し触れただけでも痛みが走るような状態になっていました。








これは臨床症状としては基本的なものなのでそれほど間違えることはないのですが、



場合によっては事態は複雑になってきます。








虫歯が大きい歯があり、歯の奥の方が痛い。








こう患者さんに言われたとき、だいたいの場合で



「虫歯が神経の奥深くにまで達し、歯の奥が腫れているような状態になっている。」



という診断を下し、根っこの中に入り込んでいった虫歯菌を取り除く処置をしよう、



となるんですね。








ほとんどの場合この治療方針で問題ないのですが、



その一方で、これでも症状がおさまらない場合がある。








ここではじめて、おかしい、となるわけです。








実際にあったのは三叉神経痛という、神経痛の一種だったのですが、



神経痛の診断は非常に難しく、初めの段階でこの診断を下すことはなかなかできません。



ある程度の診断の可能性がなくなってから疑うようになるものなのです。








さらに悪いことに、普段あまり目にかけない病名のため、



この病名が思い浮かばず、不必要な治療を繰り返すことになることもあります。



これだとオーバートリートメントどころか、



不要な負担を患者さんに強いることになってしまうのです。








先日の記事で、選ぶより選ばれる人になる、と書きました。



そのために今回のエピソードで学べる大切なヒント、それは、



①患者さんが変われば、同じような症状でも違う診断になりうるということ



②普段から知識の引き出しを常にアップデートし、いつでも使える状態にしておく必要がある



ということです。








当たり前といえば当たり前すぎるんですが、



当たり前なものはしょうがない。








そのために必要なことは、



患者さんの話に耳を傾けること、そして常日頃学び続けること



結局はここにたどり着いてしまうんです。








人に選んでもらうということは、



大前提として、人に信頼されている、ことが条件としてあります。








とあるフォーラムで、一般市民に「どんな専門家がいい専門家ですか?」と問うたところ、



高度な知識を持っているわけではなく、



責任をとってくれる人でもなく、



「一緒に考えてくれる人」



という答えが返ってきたそうです。








結局のところ、信頼の根っこのようなものは、



自分の知性を自分のために使っていない、というところにあるんだと思います。



たまたま自分にある知識や能力を、自分のためでなく、



相手のために、おおきく言えば人類の幸せのために使う。








そういうところなんだと思うんですね。








結局のところ、日々たゆまぬ勉強を続けることが、



正確な診断をくだし、患者さんに正しい治療を提供することにつながり、



その繰り返しが、選んでもらえる人になる、そのヒントなんだと思います。

こんばんは。



いきなりですが、僕は上司や先輩に恵まれています。



常々感じていることなのですが、



何かを学ぼうとするときや新しい世界に飛び込もうとするとき、



そこにはたいてい自分の尊敬できる上司や先輩がいてくれるのです。








引き寄せの法則なんて言わないですが、でもいてくれる。



もちろん素晴らしい仲間もたくさんいるのですが、



とくに上司や先輩といった、自分の先を歩いている人たち、



そういった人たちに恵まれていると思っています。








自分が不安や心配事があったときも、気兼ねなく相談できる。


腹をわって話すことができる。


素直に相手のことを尊敬できる。



そんな人たちに恵まれています。



本当に幸せなことです。







そんな人たちと一緒にいて常々思うことは、



自分の尊敬する人たちと一緒にいることで、



自分の成長速度が異常に早くなるということ、


そして物事に取り組むときの姿勢や意識も非常に高くなるということです。








自分よりステージの高い人と一緒の空間にいることで、


自分のステージも一時的に上がっている、



というのも理由の一つだと思います。








でも、それ以上に僕が感じるのは、


彼らは自分の成長を通じて相手の成長に関わっているし、


相手の成長が自分の成長につながると思っている、ということなんです。







どういうことか。








開業して長年経営しているような人に多いのですが、


自分で開業して医院をここまで大きくしてきたという自負があるんでしょう。


自分のところに勤務している人たちを自分の想い通りにしようとする人がいます。








もちろん、歯科医師としてのこれまでの苦労や経験による裏付けがあると思いますし、


経営者としても医院をここまで大きくしてきた自負と、


自分が雇ってやっているという気持ちもあるんでしょう。


給料払っているんだから、なんでこちらの言うことを聞かないんだ、っていう。








まあどこでもあるような話だとは思いますし、



気持もよくわかります。







でも、最近よく思うんです。








自分のために人を使うか、


人のために自分を使うか。







自分という場で相手を育てるか、


自分という場を使ってもらって育ってもらうか。







自分の歯科医院のために人を使うか、


人を育てるために自分の歯科医院を使ってもらうか。







自分の歯科医院が患者を選ぶか、


自分の歯科医院を選んでくれた患者さんを診るのか。







この感じ、わかりますか??







似ているようで全く違います。







誰かを選ぶまえに、まず誰かに選んでもらう。







このマインドセットが本当に重要なんじゃないかなって。








たとえどんな治療の上手な先生がいたとしても、


たとえどんな最先端の治療器具をいれた歯科医院があったとしても、


それを選んでもらわないことには、発揮できないわけです。








ヤンキースのイチローの去就がいま注目されていますけど、


あのイチローでさえ、イチローを求めるチームがなければ


その力を発揮することができないんです。








個人プレーを優先するか、チームプレーを優先するか、


この違いと考えてもいいかもしれませんね。








もちろん、自分の力で相手を育てると思うのは大切です。


人を育てるという感覚はどこにいっても必要不可欠な感覚の一つです。



でも、育てられる側からしてみれば、学ぶ相手はたくさんいるわけで、


そのたくさんいる中の一人として自分を選んでくれた。







だからこそ、その人の可能性を潰さないようにして、


自分の持てるものを相手に提供していく。








そのために自分自身も成長させていく、


という視点が必要なんじゃないかなって、


そう思うんです。








選ぶよりは選んでもらう生き方の方がずっといい。



選んでもらうってことは自分が必要とされているってことですから、


それは自分の存在意義につながりますよね。








僕という人間と、相手という人間。



二人がお互いを必要としあってはじめて、



1+1=∞の可能性が生まれるんです。








コンビニに行けば「人を操る心理学」的な本を最近よく見かけます。


人が動く心理を解説した本で、相手を思い通りに動かすといったコンセプトです。








でもあれはあくまで、「誰がそれを使うか」というところが最大のポイントなんです。


相手に選んでもらうことではじめて、心理学を効果的に使えるようになるのであって、


力技を使おうとしても相手は動かないんです。北風と太陽の話ですよ。


相手を動かそうとするなら、まず自分を選んでもらわないといけないと思うんです。








自分を選んでもらえたから、これからも選んでもらえる自分でい続ける。



自分を選んでくれた相手のために、誠心誠意貢献する。



その繰り返しで、次の人もまた自分を選んでくれるようになっていく。








自分が選ぶよりも、



自分が選ばれないよりも、



自分が選んでもらえる人になる。



そういう人生が一番楽しいし充実する形なんだと思います。