ご訪問 ありがとうございます
Mioの 小説レビューです

今回も かなり長いです
どうぞ お時間のある時に お読みくださいませ
くれぐれも お時間のある時に

                              

ラストレシピ麒麟の舌の記憶
 田中経一  著 / 幻冬舎文庫



この小説は 今年(2017年)8月後半
病院外来予約の日に
受診後 病院の売店で見つけて 手に取った


『麒麟の舌の…』というサブタイトルが気になって 裏表紙のあらすじを読むと 面白そう


麒麟の舌とはどんな味でも再現できるという意味


ただ ふと考えると病院そこは病院の売店

書棚に並んでいる数は少ない

外に出られない 入院中の患者さんが買うかもしれない…

と思った私は 数日後 書店で購入し
9月中旬に読み終えた

{4FF99242-BFE1-4102-8DB4-E0295B1E89CB}

病院内の売店では 小説に帯が付いていたかどうか 記憶にないけれど
書店に平積みされた文庫本には 「映画化!」と書かれたニノさんの帯が付いている


映画の公開前に この感想文を書き終えようと思ったのに 全然間に合わず

10月23日 都内のホテルで晩餐会付きの試写会が開催され
今月3日 全国で上映開始となった


私の専門は 歌だからなのか
主人公の配役の一人が 西島秀俊さんだと知ってから
本を読みながら西島さん演じる山形直太朗の台詞は
私の頭の中で 西島さんの声になった


映画化が決定して 小説のタイトルを変更したのだろうか

刊行された当初(2014年)『麒麟の舌を持つ男』という題名だった と巻末に記されている

どうりで気になる訳
私は元の題名に 見覚えがある
でも 読んだのは今回が初めて


この物語は 2014年と1932年(昭和7年) 二つの時間軸から始まり
二つのストーリーが交互に そして交差しながら進んで行く


満州事変の頃から 第二次世界大戦終戦の 満州国を背景とし
激動の時代を生きた 日本人一流シェフと その家族の物語

  あらすじ  

現代の主人公は《最期の料理請負人》という肩書きのシェフ佐々木 充(みつる)

実名   村田 満(みつる)


“最期の料理”とは「人生最期の料理」という意味で
人生の終焉が近づいた人の為に その人が食べたいと思う料理を作る

それが 今の佐々木の仕事

歳は40代
風貌は いかにも胡散臭そうで 長い髪を頭の後ろで束ねている


札幌の孤児院で 一緒に育った仲間 柳沢健(けん)は 佐々木にとって唯一の友人

二人は中学を出ると 東京の定食屋で働き
三年後には同じ料理学校に通い始め
佐々木は和食を 柳沢は中華を目指す


柳沢は 中野にある中華料理店を任されているが
佐々木は 乃木坂に日本料理店を開店するも 経営悪化で2年と持たず
多額の借金を抱えている


「最後の料理」は その借金を短期間で返済する為の瞬間芸

佐々木は度々 柳沢の中華店を訪れ「最後の料理」の相談をするのだ

     

クライアントだった 華僑の葬儀から ほぼ2か月後のある日
佐々木に とある中国人から仕事依頼が入るスマホ

クライアントは北京にいる一流料理人
と聞いて 佐々木は不思議に思いながらも
破格の報酬に乗せられ 翌日北京へ発つ飛行機

       

北京で会ったクライアントは 宮廷料理人だったという楊晴明
99歳だが まだ元気そうである

話してみると 楊は満州国当時の日本陸軍から その腕を評価され
日本人シェフ 山形直太朗と一緒に 幻のレシピを作り上げた

清の皇帝が宮廷料理人に作らせたコース料理 滿漢全席の日本版
『大日本帝国食彩全席』

これを再現してほしい と言うより…
レシピを捜す事が 今回の依頼人 の目的であった


そして楊は 満州帝国の最後に 山形直太朗命を落とした事を辛そうに語り銃

全部で4冊あるそのレシピは 全て日本にあるはずだ と嘘をつく


佐々木は 調査費として前金を渡されお札
山形夫妻の親戚 そして柳沢までをも巻き込む
壮大なレシピ捜しが始まる

       

一方 70年前の主人公 山形直太朗は 石川県に生まれ パリで料理を学んだ天皇の料理番

結婚したばかりの直太朗は 宮内省大膳寮に入って三年も経たないうちに
上司から「軍の仕事」だと言われ 満州行きを命じられる

満州で 何をするのかさえ知らされないまま
直太朗(32歳)と 新妻の千鶴(24歳)は 1932年(昭和7年)
東京を離れ大連空港に到着する

       

建国して まだ三ヵ月の満州国

直太朗と千鶴は 大連の空港から車で一時間半余りの港町 旅順へ

関東軍の司令部に案内された 直太朗は 三宅太蔵少尉のオフィスで
「天皇陛下が満州国を行幸される時の為に
滿漢全席(品数200品)を超える 大日本帝国食彩全席のレシピを作る」
という極秘任務を聞かされる


そして山形夫妻は 鉄道で軍が準備した二人の新居のある ハルビンへ

       

4ヵ月前に 関東軍がソ連から奪い取った街 ハルビン

二人の新居は かつてロシア人が暮らしていた家だった

一週間後 三宅少尉が直太朗の手伝いにと手配した 料理人が訪ねて来る

楊晴明という 17歳の中国人青年だった

楊が天涯孤独だと知った直太朗は
彼を直太朗の家に住まわせる事とし
その後 三人による満州での生活が始まった

       

直太朗は 滿漢全席の経験のある楊晴明と二人で 試作品作りに励む日々

だが 天皇陛下の満州行幸は実現しないまま5年が過ぎ
山形夫妻に長女 (さち)が生まれる

       

満州に渡って9年目の1941年(昭和16年)
直太朗は突然 三宅少尉に呼び出され 関東軍司令部に向かう


三宅の話は 満州国が建国十周年を迎える来年
『大日本帝国食彩全席』を振る舞う
という 嬉しい知らせだったが

それともう一つ 直太朗が全く予想もしなかった 最高機密の「任務」を聞かされる


足元もおぼつかない様子で ハルビンに戻った直太朗は
人が変わったように激怒し 楊晴明を家から追い出す

何も手につかないまま迎えた12月
太平洋戦争開戦

その影響で 建国十周年の式典は開かれたものの 天皇陛下の行幸は実現する事なく
『大日本帝国食彩全席』のお披露目の機会を 逸してしまった…

         

歴史上の事実を背景とした この物語は
読み進むにつれ 実話だろうかと錯覚する

現実にあっても おかしくない


関東軍司令部から戻った直太朗が 楊晴明を 即刻家から追い出したのは
何か重大な理由があって 逃したのだろう と読みながら想像がつく


楊晴明という片腕を失った直太朗は『大日本帝国食彩全席』を作る という目標までをも失い
三宅に呼び出されたその日以降 別人のようになるのは 当然のことだろう


戦争が激化し始め 千鶴が幸を連れて帰国後
満州に居ることの無意味さを感じながらも 銃憲兵が自宅周辺をうろつき
簡単に帰国する事など出来ない状況から
直太朗は 妻子の帰国を安堵し 自分のを覚悟している事が よく判る


独りハルビンに残された直太朗が
その後も3年近く 食材の無い厨房で レシピを書き直し続ける様子は 鬼気迫るものがある


どこかに書いてあったように
まるで聴覚を失ったベートーヴェンが 第九を作曲した時のように
頭の中で調理し レシピに記録するのである



直太朗が書き直した春,夏,秋,冬 のレシピは
佐々木柳沢の調査によって 楊晴明の前に4冊が揃う


のレシピと共に遺された 直太朗が書き記したメール手紙を朗読する

「楊晴明に渡してほしい」と書かれたその手紙の内容を知ったの後悔


病気の佐々木が用意したお粥

それとは知らずに 直太朗のレシピの一つを作って 幸に食べさせる 優しさ


その一つ一つに 直太朗と佐々木充(村田満)の 思いやりや 心の温かさが伝わってくる



また 満が孤児院にいた13年間 満のためにレシピを送り続けた 幸の愛情と
それを作り続けた 園長の心の温かさ

家族の為にと受け継がれる 愛情溢れるレシピのバトンに とても羨ましく思う


最後には 全ての謎が明らかになり
巻末には 『大日本帝国食彩全席』の全レシピ名 204品が載っている



著者 田中経一氏は 『料理の鉄人』などの演出を手がけた テレビ業界の方だと紹介がある


直太朗のレシピに からくりがある事も たくさんの料理人に会う機会のあった 著者ならでは だと考える


書き直す前のレシピも どんな料理だったのかを知りたい


それにしても『大日本帝国食彩全席』という名前は長すぎて
小説内に 何十回と出てくるこの名前を 読み飛ばすくらい  長い!と思った


最後に
日本軍が大連に侵攻した頃の様子と 戦争の恐ろしさを 改めて知ることができた この一冊に 感謝