全国の遼くんはきっと、

先週はヤフーニュースから目が離せなかったはずだ。


はじまりは、火曜日。

5日「遼くんギャラリーやりたい放題」

「遼くん」「やりたい放題」の文字が目に入って遼くんが

何をしたのか気になってしょうがないだった瞬間。


明けて水曜日。

6日「遼くん『なんか今日は笑えない』」

もっと気になる記事が載っている。

たぶんこの日はすこしスコアを落としたんじゃないかと思う。

日本中の遼くんもちょっと笑えないだった瞬間。


3日目の木曜日

7日「石川遼が世界ジュニアへ」

7日「石川遼は8位 日本アマ出場へ」

遼くんやっぱりすごい!だった瞬間。


こんなにも「遼」という文字がヤフーニュースに踊り狂った一週間は、

後にも先にもないんではないだろうか。


サンデーモーニングで張さんに「カーツ!!」されても、

がんばれ、遼くん。

世界中の遼くんも、がんばれ!

うん、がんばる!

この度、X-JAPANが復活するというニュースが巷を騒がせている。

すでにToshiが自分のHP上で自ら復活を語っているという。


X-JAPANとのはじめての出会いは中1のときである。

文化祭で先輩が体育館のステージで「紅」を演奏していたのがはじめだ。

それからというもの、Xの魅力にとりつかれていった、、、わけでもなかった。

そしてその3年後、惜しまれながら彼らは解散。


Xとの2度目の出会いは、高1のある日。

学校帰りに友達と駅前のSATYに寄ると、

地元のSATYにおいては考えられないぐらいの人だかりができていた。


「ぼくは、小学校の頃から『あご!あご!』と呼ばれていました。」


自分のいじめ体験を告白しながら唄うToshiがいた。

ジョジョの奇妙な冒険のポルナレフのような髪型が一変、

シャワーを浴びた後の道明寺くんのような髪型になっていた。

あのX-JAPANのToshiが地元のSATYにぃぃぃボラボラァァ!!!

という興奮はあまりなかった。

Xはこのように、「青春のアルバム~悪いひとがかっこいい編~」の1pageに

しっかりと刻まれている。


それにしてもX-JAPANという命名は、深い。

これはもともと「X」だった彼らが海外に進出する際、「X-JAPAN」に改名した。

といういきさつだったと記憶する。

高校生のときだったか、大江健三郎の講演を聞きに行ったことがあった。

そのとき大江健三郎がなぜ鳥取に来たかはまったく不明だが、

ノーベル文学賞受賞の文豪はこんなことを言っていた。

「20世紀梨という命名はすばらしい。」と。

たしかに、たかが梨に"Century"をくっつけてしまうという発想は、

その構想たるやなんと広大なことか。

X-JAPANにもそれと同じ気概を感じずにはいられない。


ただこのネーミング、20世紀梨は21世紀になったとたん

その意味合いががらりと変わってくる。

そこに、X-JAPANが海外で成功しなかった理由が

ちょっとだけ見える気がする。

なにはともあれX-JAPANがどういうかたちで復活するかは注目したい。

きっかけはどこから来るかわからないもので、

このブログを始めようと思ったのも、さっきやべっちFC を見ていて、

メッシのドリブルを見ていたらふいに書いてみようと思い立った。

飽きるまで続けてみようと思う。


おしまい。