この度、X-JAPANが復活するというニュースが巷を騒がせている。
すでにToshiが自分のHP上で自ら復活を語っているという。
X-JAPANとのはじめての出会いは中1のときである。
文化祭で先輩が体育館のステージで「紅」を演奏していたのがはじめだ。
それからというもの、Xの魅力にとりつかれていった、、、わけでもなかった。
そしてその3年後、惜しまれながら彼らは解散。
Xとの2度目の出会いは、高1のある日。
学校帰りに友達と駅前のSATYに寄ると、
地元のSATYにおいては考えられないぐらいの人だかりができていた。
「ぼくは、小学校の頃から『あご!あご!』と呼ばれていました。」
自分のいじめ体験を告白しながら唄うToshiがいた。
ジョジョの奇妙な冒険のポルナレフのような髪型が一変、
シャワーを浴びた後の道明寺くんのような髪型になっていた。
あのX-JAPANのToshiが地元のSATYにぃぃぃボラボラァァ!!!
という興奮はあまりなかった。
Xはこのように、「青春のアルバム~悪いひとがかっこいい編~」の1pageに
しっかりと刻まれている。
それにしてもX-JAPANという命名は、深い。
これはもともと「X」だった彼らが海外に進出する際、「X-JAPAN」に改名した。
といういきさつだったと記憶する。
高校生のときだったか、大江健三郎の講演を聞きに行ったことがあった。
そのとき大江健三郎がなぜ鳥取に来たかはまったく不明だが、
ノーベル文学賞受賞の文豪はこんなことを言っていた。
「20世紀梨という命名はすばらしい。」と。
たしかに、たかが梨に"Century"をくっつけてしまうという発想は、
その構想たるやなんと広大なことか。
X-JAPANにもそれと同じ気概を感じずにはいられない。
ただこのネーミング、20世紀梨は21世紀になったとたん
その意味合いががらりと変わってくる。
そこに、X-JAPANが海外で成功しなかった理由が
ちょっとだけ見える気がする。
なにはともあれX-JAPANがどういうかたちで復活するかは注目したい。