放駒前理事長が死去 元大関魁傑 八百長問題に対処
2014年5月18日22時33分

日本相撲協会の前理事長で、元大関魁傑(かいけつ)、元放駒(はなれごま)親方の西森輝門(にしもり・てるゆき)さんが18日、死去した。66歳だった。通夜は23日午後6時、葬儀は24日午前10時から東京都中野区中央2の33の3の宝仙寺で。喪主は未定。
協会関係者によると、18日午後、東京都内のゴルフ場で練習中に倒れ、救急搬送される途中に息を引き取ったという。
山口県岩国市出身。日大時代は柔道部に所属していたが、大学を中退して大相撲の花籠部屋に入門した。1966年秋場所で初土俵、71年秋場所で新入幕。真摯(しんし)な土俵態度が人気を博し、輪島、貴ノ花とともに所属部屋の所在地にちなみ「阿佐ケ谷トリオ」と呼ばれて活躍した。74年九州場所で北の湖との決定戦を制して初優勝。75年初場所後に大関に昇進した。だが、2場所連続で負け越し、大関から陥落。更に三役からも陥落したが、好成績を続けて77年初場所後に大関に復帰。平幕まで落ちてから大関に復帰した唯一の力士だった。幕内在位45場所で優勝2度、殊勲賞2度、敢闘賞7度、技能賞1度。79年に引退後は放駒部屋をおこし、横綱大乃国(現・芝田山親方)らを育てた。
協会では広報副部長などを経て、2010年8月に理事長に就任した。在任中の11年2月に発覚した力士らによる八百長問題では、同年の春場所の中止と技量審査の夏場所の無料公開に踏み切った。年寄名跡(親方株)を協会で一括管理する方針など、協会運営の大幅な見直しを進め、新制度下での協会の公益法人化へ道筋をつけた。
いきなりの訃報、昨年定年退職したばかりだったのに・・・。
前理事長のイメージが強いかもしれないが、私にとっての彼は褐色の肌で二度大関を陥落した
人気力士(滅茶苦茶でんがなwww)かな。 輪湖全盛時(輪島&北の湖)に割り込んだ間違いなく
ガチンコ力士だったと思う、じゃないと大関を二度も陥落しないって・・・。当時は横綱輪島を頂点に
花籠部屋全盛期、大関魁傑そして関脇荒瀬が居た楽しい時代だったなぁ
私の叔父(故人)は放駒親方と共通の知人が居た関係で時々飲み屋で一緒に飲んだり、何度か
ゴルフもラウンドしたらしい。 祖母が大乃国の浴衣を作ったりもしていたしね。
お相撲さんの寿命は短い、けれども彼は力士&親方の両方を懸命に生き抜いた人だったと思う。
残念だけど御冥福をお祈り致します。 嗚呼、また昭和の名力士が逝ってしまった・・・。 
