ひと夏の恋、という言葉がある。
30年以上も前になるが、よく耳にしていた。
思春期のまっただ中だったので、
どちらかというと、恋という語彙に敏感になっていた。
近隣のビーチに友人と連れ立って行く。
ヴァケーションの初めのビーチ。
私たちはときめいていた。
海の家のスピーカーはチューブや
オメガトライブなどを歌っていた。
黄昏には、2人連れの彼らとグループになって花火をした。
噴出しに始まり、閉めはいつも線香花火だった。
社会へ出るまで6回の夏が過ぎた。
その間に4つの恋が咲き、どれもひと夏で散った。
思い出はどれもライチのカクテルに近い。
恋人たちは今日もビーチに踊り、
花火のように儚く燃え盛る。
大人になってガムランの音色が好きになった。
PS.
25年前の夏の終わり。R社をリタイヤして、渋谷の広告プロダクションにコピーライターとして迎えられてから、最初にオファーの来た新宿の洋風居酒屋(当時はカフェバー)の仕事は店のネーミングだった。酒類については欧米のビールとウィスキー、それにカクテル、日本の焼酎だけを扱うというコンセプトなので、それをほぼ一言で記号化できる名前がいい、考えてくれというオーナーからの依頼だった。30本ほどのネーミングを提出し、そのうちの1本のコーンバレー(Corn-Balley)が採用された。トウモロコシと麦。という洋酒の原材料を英語に直訳しただけのストレートなネーミングとイントネーションがオーナーに喜ばれた。当時、サントリーのピーチツリーフィズという缶チューハイが登場し、当時では中年の男たちにとって最もポピュラーで安価な酒が、20代の女性にも拡大、浸透していく1つのモードになり、ファッションになっていた。機を観るに敏な、そのオーナーはすでにコーンバレー以外に6店舗の飲食店を都内で展開され、当時のトレンドに沿った店をということで、オープンされたものだった。あの方が、コーンバレーについて語る時、秋も冬も店内は常夏でいたい、を常套句にされていた。ライチとかパプリカなどの果汁を使ったカクテルはできないのか、などとオリジナルの生成に余念がなかった。店内で、デザイナーと3人でその他のSPについて打合せしている間、BGM(多分、有線放送)にはチューブとオメガトライブ、それにUB40やボブ·マーリーなどのレゲエがずっと流れていた。その夏の終わりに、彼女との関係も終わった。秋になり、コーンバレーのメンバーズカードのデザインの打合せをしていたら、そのオーナーに「最近、女にふられたろ…」と、冷やかされた。うなづくと、「ふられた分だけ、恋とか愛と称するものの本質がだんだん観えてくるようになる…」と言われた。生まれて初めて耳にする文脈だった。最近になって、ようやくその言葉の意味がわかるようになった。当時、オーナーの年齢は確か現在の僕より4つ若かったはず。あの方は、本当に粋な大人だったと思う。
●ちょうど5年前の晩秋から初冬にかけ、書いていながらアップし忘れていた散文が数十本、古い控えフォルダから先ほど発見。時節に沿って、その時折の心象を成り行きに任せて綴ったショートストーリーのよう(こんなの書いていた事も先ほどまで忘れていた)。デフォルメを一切していないので、お見苦しくご不明な点があろうかと存じますが、どうかご海容ください。 ではまた後日、別の散文をアップします。
